ひとりは寂しいと思ったけれど
そんな生活は、3年前のある日、突然終わった。夫が急逝したのだ。出勤途中、駅のホームで倒れたのだ。脳出血だった。「病院に駆けつけましたが、意識が戻らないまま、その日の晩に息を引き取りました。何がなんだかわからないままに通夜と葬儀が終わり、気づいたら長男はひとり暮らしの家に戻り、長女も大学院とバイトで忙しく動き始めました。私だけがぼうっと日々を過ごしていたみたい」
パートは続けたが、どこか自分が自分でないようなふわふわした気持ちだった。四十九日が終わり、ようやく人心地がついたころ、学生時代の友人たちが心配して食事でもしようと誘ってくれた。
「3人ほど集まってくれて……。出かけようとしたとき、あれ、と思ったんです。オレのご飯はどうするんだと言われなくていい、何時に帰ってくるとも聞かれない。娘には友だちと会うとLINEを送りましたが、『了解』と返信が届くだけ。手応えがないといえばないんだけど、これって私を縛る人がいなくなったということなのかと思いました」
すべて夫の「許可」が必要だった
友人たちに会ってそんな話をすると、「それは自由だということよ」と言われた。その場で、いつか4人で旅行でもしたいね、いつにしようかと盛り上がった。「私、もう誰かに相談しなくていいんだなと思いました。夫がいるときは友だちと旅行にはいけなかった。食事をするのだって、夫に相談していいよと言われなければ行かれない。自分のことなのに、すべて夫の“許可”が必要だった。でも、もうそれをしなくていいんだと思ったら、なんだか急に体からすべての力が抜けていきました」
それだけ夫に気を遣った生活をしていたわけだ。そして彼女は、そのことに気づいていなかった。それ以降、サホさんは娘と最終回の映画を観にいったり、土日に旧友に会いにひとりで関西へ出かけたりするようになった。
「夫に相談せずにひとりで何でも決められる幸せを満喫しています。結婚前は、自分のことは自分で決めていたはずなのに、結婚後はすべて夫に相談せざるを得ない状態だった。夫の衣食にかかわることは私が全部世話し、私の行動には夫の許可が必要だった。変な関係だったんだと改めて思いました」
娘との今の暮らしは、ルームシェアする友人関係のようなものだとサホさんは言う。気楽で、お互いの意志を尊重しあいながら、時間が合えば一緒に行動することもある。夫ともこんな関係が築けたら、もっと楽しい人生だったのに……と彼女は言った。