私たちは「出産欲」を持っているのか
「実は私の姉が、子どもを産んでから義兄に浮気されて離婚したんです。今は3歳の子を育てながらシングルで頑張っているけど、私とふたりきりになると『子どもをもつ責任が重すぎるよ。人ひとりどうやって育てるのよ、この世の中で』と嘆いています。義兄からの養育費は途絶えているみたい。頑張って働いても収入は低いから、姉は今、夜の飲食店で働いています。それはそれでしんどそう。それでも子どもは生きる支えにはなっているとは言うんですが、支えにされている子どもはどうなんだろうと思ったりもするんですよね」この先も、子どもはずっと「母を支えて」いかなければならないのだろうか。それがその子の幸せに通じるのだろうか。姉を見ていると、そんなふうに考えてしまうという。
「自分の人生を自分の思うように生きたいと考えたとき、子どもを産む意味がわからないですよね。人には生存欲求とか食欲とか基本的な欲があるとは思うけど、そこに出産欲は入ってないと思う。これは個人差が大きいし、女性なら誰もが産みたいと思っているわけではない。私自身、誰かに『子どもを産むことを考えている?』と聞かれると、強制されているような気持ちになります」
「誰もがするから、するべき」時代は終わった
好きな人ができて、お互いを必要として結婚し、自然な流れでも子どもをもうけて家庭を築く。それを「誰もがしていることだからするべきだ」という考え方は、すでに現在、崩壊しているのだろう。もちろん、家族を持とう、持ちたいとする人々がいるのも当然だ。どちらがいいとかどちらが新しいとか、そういう問題ではない。ただ、もはやひとつの価値観しかなかった時代ではなくなっているのは明らかだろう。
「わからないですよ。もしかしたら2年後に私、必死で婚活しているかもしれないし。自分の気持ちが変わったなら柔軟に対処していくしかない。ただ、そんな先の見えない状況で、がんばって生きてみることしか、今はできないと感じています」
それがアカリさんの率直な「今」なのだろう。