子どもの「不合格」に親は落ち込まないでと言われても……
首都圏を中心に過熱する中学受験。親世代が小学生の頃と比べると、子どもの置かれた状況はとても厳しくなっている。一般的に小学3年の2月から丸3年間塾に通い、受験という高い山に向かって勉強に励むことになる。また子ども自身だけでなく、親の手厚いサポートなくしても成り立たない。塾の送迎や弁当、高い月謝、学校訪問など枚挙に暇がないほど、親は時間とお金と愛情をたっぷり注ぐことになるのだ。そして、必ずしも結果が伴うとは限らないのが受験だ。親子二人三脚で目標にしてきた志望校からの「不合格」の通知。子どもはもちろんだが、ショックを受けない親はいないだろう。しかし、塾の先生からは「お母さん、お父さんが落ち込んだ姿を見せてはダメ」「子どもの人生なんだから、親が深刻になってはダメ」「気持ちを切り替えるため、何か新しいことを始めてみて」などと助言されることがほとんどだ。
親だって本当はショックを受けているのに、感情を隠して明るく振る舞うのも酷なこと。本当に子どもや家族に落ち込む姿を見せてはダメなのだろうか。
無理に感情を抑圧すると“逆効果”と臨床心理士がアドバイス
「無理に感情を抑圧しなくてもいいです」とアドバイスするのは、子育て中の多くの親に寄り添ってきた臨床心理士の八木経弥(えみ)さんだ。「親だって中学受験に何年間も伴走してきたのだから、落ち込むのは当然です。無理に感情を抑圧するとひずみが生まれ、別の形で出てきてしまいます。体調を崩したり、感情をコントロールできなくなったりすることもあります」(八木さん)
たとえば頭痛や腹痛など、体に異変が起こることもあるという。たまっていた気持ちを子どもに“怒り”の形でぶつけてしまうことも考えられる。
「心の中のネガティブな感情のコップがあふれてしまうと、二次感情として“怒り”が表れます。怒りの感情の後ろには、悲しい、寂しい、つらい、認めてもらいたいなどという一次感情があり、それらの気持ちがきちんと整理できていないと、怒りとなって表れてしまうことがあります」(八木さん)
湧いてきた感情を紙に書き出して整理する
つらさや悔しさなどの“後ろの感情”を整理するには、どうすればよいのだろうか。不合格にショックを受けている親の気持ちは複雑なので、まず一つひとつの感情を把握することが大切だと八木さんは言う。「涙も出ちゃうし、虚しいし、悔しいし、いろんな感情があると思うんです。それをスマホでも紙でもいいので書き出すと、気持ちを整理しやすくなります」
書き出すのは、さまざまな感情、思い浮かぶ単語、イライラやモヤモヤなどオノマトペ、思い起こされるセリフなど、なんでもいいそうだ。
「子どもの前では、本当の気持ちが出てくることを恐れて、感情にふたをしてしまっている可能性があります。言葉にならない状態でモヤモヤしているより、あえて言語化することで、向き合うことを恐れていた自分の気持ちを冷静に認識し、感情と距離を置くことができます」(八木さん)
こうして自動的に出てきた感情を心理学では「自動思考」と呼び、それを書き出すこと自体が心理療法の一つになる。言葉を書き出すだけで、心の霧が晴れる。感情を吐き出した紙は、いったん封筒に入れて引き出しの奥などにしまって封印しておくとよいそうだ。
自分を励まし寄り添う言葉も書き出す
さらに、自分を励ます言葉を書き出すことも八木さんはすすめる。「中学受験は子ども本人が主役ですが、親も親なりに頑張ってきました。でも、親はなかなか褒めてもらえません。せめて自分自身で寄り添ってあげてください。
『この数年間、よく頑張ったね』
『毎日お弁当を作ってえらかったね』
『こんなに必死に頑張ってきたのに、結果が出なくてつらかったね』
『落ち込む気持ちを我慢しなくてもいいんだよ』
などと書いてみましょう。自分への声かけの言葉が見つからない人は、親しい誰かが同じ立場だとしたらどんな言葉をかける?と置き換えてみるといいですよ」(八木さん)
子どもの前で泣くのはNGなのか? 感情にふたをする方が不健康
子どもの前で泣くのはNGなのだろうか。八木さんはこう言う。「子どもの前で無理に涙を我慢して笑顔を作るくらいなら、泣いてしまっても大丈夫。ただ、子どもに『自分のせいで泣いているんだ』と思わせないようにしましょう。
『あなたが頑張ってきたのを知ってるし、責めるわけではないんだよ。今は気持ちの整理がつかないから、ちょっと時間をちょうだいね』などと伝えてください。一緒に頑張ってきたんだから、親子で泣いたっていいんです」(八木さん)
親が泣くことで、感情にふたをしたままの子どもの心を緩めることも期待できる。
「中には、わざと明るく振る舞う子もいます。もし気持ちを抑え込んでいるとしたら、感情を引き出してあげた方が健康的です。あとからネガティブな感情が湧いてくる可能性もあるからです。そんなときにも親が自分の気持ちを表に出すことで、子どもが『こんなに素直に表現していいんだ』と思えることにつながります。ただし、子どもの心の発達には個人差もあるので、時期は見極めてあげてください」
12年間の子育てを振り返って、子どもの“いいとこ探し”を
受験に落ちると、子育てに失敗したのではと思い詰めてしまう親もいる。そんなとき、気持ちを前向きにさせてくれるのが、子どもの“いいとこ探し”だ。「どんな些細なことでもいいですから、お子さんのいいところを書き出してみてください。
『1日3回、ご飯を食べる』
『食べる前にいただきますが言える』
『毎日歯を磨く』
『外出先では靴を脱ぐときにそろえる』
などという当たり前のことでいいんです。でもそれって小さい頃から一生懸命育ててきたからできるようになったことです。12年間を振り返ると、繰り返し教えたことがちゃんと子どもに根づいている。それって子育てが失敗だとは言えないですよね」(八木さん)
このように書き出すことで、子どもへのポジティブな感情につながっていく。子どもやパートナーと一緒に書き出していくことも八木さんはすすめる。
思春期、反抗期もあって難しい年頃の小学6年生。人前でネガティブな感情を隠してしまいがちだが、親子で向き合うことが大切だ。親が願うのは子どもの幸せだ。八木さんは言う。
「親子で気持ちを整理して受け止めれば、中学という次なるステージへ晴れ晴れと歩んでいけます」