アンガーマネジメントの本を置いたら
その翌日、マイさんは怒りをコントロールする方法が書かれた本をテーブルの上に置いておいた。深夜に帰ってきた夫は、その本をチラと見ただけで、手に取ることもなく寝室へと入っていった。「私はここ何年も、ずっとリビングのソファで寝ているんです。子どもたちには、お父さんのいびきがひどいから、ということにしていますが、正直言って、夫と同じ部屋の空気を吸うのがつらい。エアコンの温度設定に関しても合わないし、かといって部屋数がないからひとり一部屋は無理。でも夫婦の寝室からリビングに移ったら、私はよく眠れるようになりました」
夫はいつも怒っているわけではない。だが、たとえばマイさんが体調が悪いときや、どこかが痛いとき、それを口に出すと途端に「自分も」と言い出し、さらに怒りが増していくことを繰り返している。
「私が忙しいときもそうですね。会社で休む暇もなくて帰宅して、家事をやってさらに夜中に残りの仕事をしなければならないときなどは、ついため息をついてしまう。それを夫が聞きとがめて『オレだって』が始まる。最初はいろいろ説明していたんですが、もう説明するのもバカバカしい。怒るなら勝手に怒ってろと思うようになったんです」
怒る夫をしらけた気持ちで見る妻
それでもアンガーマネジメントの本を置いたのは、「妻の優しさですよね」と笑う。夫に家族への思いがあるなら、自制を学ぶこともまた夫自身のためになるはずだと思ったのだ。「でもどうやら夫は『オレを怒らせるのが妻だ』と思っているようです。相性が悪かったのかもしれませんね、もともと。結婚したのが間違いだったと思うようにしています。心の中では常に夫を全否定しながら過ごしている。私自身の精神衛生によくないとは思いますが、今はこうするしかない。我慢していると考えるとストレスがたまるけど、夫はどうしてこんなに怒っているんだろうとしらけた気持ちで見ていると、これはこれである意味、楽しめるような気もしてきました」
夫は通りすがりの他人より遠い他人だとマイさんは言う。妻にそこまで言わせてしまう夫の「オレさまアピール」は、いつまで続くのだろう。マイさんはいつか夫と「さらなる他人」になることを目指している。そしてそんな日が来たとき、夫は自分を恥じるのだろうか、あるいはマイさんを恨むのだろうか。
「私は着実にその日に向けて準備をするだけです」
夫を完全に斬り捨てているマイさんの心に、夫が気づくときがくればいいのだが……。