人間関係

新幹線の車内でチッチッと舌打ち、地団駄を踏む夫に「他人のフリ」をするしかなかった私(2ページ目)

気持ちはわからないでもない、それでも残念すぎる夫に「他人のフリ」をするしかなかった。数年前の台風のときの出来事を、40代女性が語った。

亀山 早苗

執筆者:亀山 早苗

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「自分の親じゃないから」とイライラ

夫は自分でも舌打ちしていることに気づかなかったようだ。

「ごめんと夫はつぶやきました。人間って、我を失って、自分でも思いがけないことをするときがあるんでしょうね。あのときの夫がそうだったんだと思います。でも身内としては、もう少し落ち着いてほしかった。夫は冷静になろうとしていたんだと思うけど、イライラが募って『自分の親じゃないから、きみは落ち着いていられるんだよ』とブツブツ言い始めて……。最初は知らん顔していたんですが、妙に粘着質に文句を言うんですよ。夫は父親とは折り合いが悪くて、結婚後もほとんど帰省などしていなかった。だからこそなのか、最期にはどうしても間に合いたかったのかもしれません」

客席を通った車掌に「いつになったら動くんですか」と責めるような口調で文句も言った。謝る車掌に、あわててマイさんが「車掌さんのせいじゃないんだから。すみません」とフォローした。

「夫は、どうにかして動かす手立てはないのかとか、ゆっくりでいいから発車させろとか、まるでクレーマーみたいになって。思わず車掌さんに『親が倒れて危ない状態なので』と言い訳したら、車掌さんが心から申し訳ないとお詫びしてくれて。他人にうちの事情を知らせて謝罪を強要してもしかたがないのにと思いつつ、私はだんだん夫に腹が立っていったんです。『あのね、あなたは親にとって子どもかもしれないけど、あなただって、この子たちの親なんだよ。親として恥ずかしくない態度をとって』と言ってしまいました」

新幹線で缶詰状態、義父の容体は

夫はそれを聞いて、急に黙り込んだという。その後は静かに座っていた。ときどき歯を食いしばってはいたが、なんとか自制したのだろう。

「結局、6時間ほど缶詰になってから、ようやく列車は動き始めました。お義父さんは私たちの到着を待たずに亡くなって……。それはしかたのないこと。夫は黙って涙を流していました」

あとから夫は「親父が生きているうちにどうしてももう一度、声を聞きたかった」と言った。折り合いが悪いまま別れたくなかった、と。

「夫のせつない気持ちはわかります。でも世の中、どうにもならないことがある。そんなときにどういう態度でいられるのか、私も考えさせられました」

いつでも冷静でいるのはむずかしい。だが、身動きがとれないときこそ、その人の真価がわかるのではないかと、マイさんはその一件から思うようになったという。
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