学校のルールは国や教育委員会ばかりが決めているわけではない
学校で学期末にもらうものといえば、通知表。この通知表は、私たちが子どもの頃から“あって当たり前”で、全国共通で法律的に定められているものと思っている人も多いのではないでしょうか。しかし文部科学省によると、通知表は、児童生徒の学習状況について保護者に対して伝えるもの。 法令上の規定や、様式に関して国として例示したものはないとされています。作成の主体は、様式や内容もすべて校長先生の裁量となっており、文部科学省の関与なしと定められています。
つまり通知表は、国が配布を義務づけているものではなく、校長先生の裁量のもとでそれぞれの学校が“任意”で出すもので、その学校の教育方針により、「通知表を出さない」ことも可能であるということです。
また、教育課程(学校の教育目標などをもとに、教育の内容を子どもの心身の発達に応じ、授業時数との関連において総合的に組織した学校の教育計画)の編成は、国や教育委員会が行うものではありません。学習指導要領に準じて、学校が独自に編成してよいものとされています。
さらに、近年下着の色や髪型などに理不尽な制限がある「ブラック校則」が話題ですが、文部科学省の生徒指導提要によると、そもそも校則とは、児童生徒が健全な学校生活を送り、よりよく成長・発達していくために設けられるもの。児童生徒の発達段階や学校、地域の状況、時代の変化等を踏まえ、社会通念上合理的と認められる範囲において、教育目標の実現という観点から校長が定めるものであるとされています。
以上のように、多くの子どもたちが通う公立学校では、通知表の有無や児童生徒の評価方法、教育課程、校則の見直しや廃止についてはすべて、校長先生の裁量で決めることができるのです。
このように公立学校は、意外と自由であるということがわかるのが、オオタヴィン監督の映画『夢みる校長先生』です(8月4日金曜より全国ロードショー)。
次より、映画『夢みる校長先生』に出てくる、学校に当たり前のように存在する慣習を改革した公立学校の事例を紹介します。
長野県・伊那市立伊那小学校―― 通知表を廃止し、探究型の総合学習を教育の中心に
長野県伊那市にある伊那小学校は、1956年に通知表を廃止し、現在に至っています。さらに、時間割やチャイムも存在しません。福田弘彦校長は、「子どもは自ら求め、自ら決めだし、自ら動き出す力をもっている」という子ども観のもと、体験的かつ総合的な総合学習・総合活動を中核に据えた教育課程を編成。ヤギの飼育、野菜づくり、染物など各クラスで子どもたちが学びのテーマを決め活動しています。ヤギの体重を測ることを算数の引き算とひもづけるなど、実践を通して教科を学んでいきます。
東京都・世田谷区立桜丘中学校―― 子どもたちを当たり前から解放し、校則をゼロに
2010年度から2019年度まで10年間、世田谷区立桜丘中学校の校長をつとめた西郷孝彦先生は、「すべての生徒たちが3年間を楽しく過ごせること」を目標に、子どもたちの声を聞き、靴下やセーターの色の指定など理不尽な校則を廃止。子どもたちが自ら考え、導き出したやりたいことを実現させるために、夏は「浴衣の日」を設けて浴衣を着て授業をしたりなど、1年を通してさまざまなイベントを開催しました。
また、教室に足を運びづらい生徒は、職員室前の廊下に設置したスペースや校長室で過ごしてOKとするなど、子どもたちが自らの特性を知り、自分の責任で行動する環境づくりに力を注ぎました。
神奈川県・茅ヶ崎市立香川小学校―― 教職員全員で話し合い通知表を廃止
茅ヶ崎市立香川小学校では、2020年度の学習指導要領の改訂を受け、国分一哉校長を中心に教職員全員で、子どものためになる評価方法とは何かを話し合ってきました。その結果、子ども同士が比べ合うことをなくしたい、成績表という手段ではなく保護者とともに子どもの成長を見守りたいという理由により、通知表を廃止。そして、これまで通知表を作成するために割かれていた膨大な時間は、子どもたちの成長を見る時間に使われるようになりました。通知表の代わりになるようなものも特に存在せず、各担任の裁量により、面談などを通して、子どもたちや保護者へのフィードバックが行われるようになりました。
東京都・武蔵野市立境南小学校―― 全員一律の宿題を廃止
宿題が難しすぎて苦痛という子や、簡単すぎてやる気がでないという子どもがいるなか、毎日、同じ宿題を課すことが「平等」ではないと判断した宮崎倉太郎校長。教職員や保護者と対話を重ねながら、まず保護者には「宿題の点数は、通知表には反映されません」という学校案内を出した上で、その後2021年から宿題をなくしました。
帰宅後、これまで宿題をしていた時間を使って自分の好きなことに没頭するなど気持ちに余裕が生まれ、学びへの意欲が高まる様子が見られたそうです。
“子どもファースト”な学校改革を大公開した映画『夢みる校長先生』全国の劇場で公開中
映画『夢みる校長先生』は、オオタヴィン監督の前作『夢みる小学校』のスピンオフ版。『夢みる小学校』は、学びの本質とこれからの教育のあり方を改めて問い直していくドキュメンタリーで、2022年4月に公開後いまだ全国で自主上映が行われています。今回の『夢みる校長先生』では、前述した学校を含め6つの公立小・中学校の校長先生の、“子どもファースト”な学校改革を大公開。
温かくてユニークな校長先生・現場の先生たちから紡ぎ出される言葉の数々が心に響き、子どもたちの豊かな表情からは、公教育の可能性や多様性を感じ取ることができます。
2023年4月、日本では、1989年に国連で採択された「子どもの権利条約」にならい、「子ども基本法」が制定されました。映画を通して、子どもの権利について改めて考えるきっかけにもなるでしょう。
映画のナレーターは、歌手・女優の小泉今日子さん。元文部科学省事務次官の前川喜平さん、教育評論家の尾木ママのコメントも要所要所にちりばめられ、日本の公教育の仕組みも理解できます。
学校と保護者が力を合わせて公教育をもっと多様に
映画に登場した公立学校に共通するのは、校長先生、学校だけで改革を進めたのではなく、保護者をまきこみ、対話を重ねながら改革に対する理解を得、応援してもらっていることです。公立学校の未来をつくっていくのに、保護者の力は欠かせないものです。映画を見て「こんな校長先生がいたらいいな」「こんな学校があったらいいな」と思って終わりにするのでなく、子どもが通う学校に対して「もっとこうなったらいいな」「こんなことはできないのかな」など、何か思うことがあれば、
- 保護者会や懇親会などの機会に先生に話してみる
- PTAの役員や委員を通し、会議の際に議題にあげてもらう
- 学校で行う「学校評価アンケート」に回答する際に、意見や要望を記入する
- 学校運営協議会があれば、協議委員を通して議題にあげてもらう
子どもをまんなかに、学校と保護者がお互いの違いを受け入れ、立場を認め合いながら信頼関係を築いていくことで、公教育にも多様性が広がっていくのではないでしょうか。
この記事で紹介した校長先生たちが登場する映画
>>「夢みる校長先生」(監督:オオタヴィン)全国ロードショー公開中