保育士資格保有者は増えているのに、なぜ「潜在保育士」が多いのか
保育士1人に対し、0歳児は3人、1・2歳児6人、3歳児は20人……など、国の定める保育士の配置基準は低く、なかなか抜本的な改善が進まない「保育士不足」の問題。政府は2023年6月、異次元の少子化対策の具体像として「こども未来戦略方針」を閣議決定し、配置基準の改善に触れた。一歩踏み出したことへの賞賛の声がある一方、配置基準そのものが引き上げられたわけではなく、人員を増やした施設に運営費を支給する「加算方式」だったため、関係者からは不満の声も漏れている。 じつは保育士の数だけに目を向けると、右肩上がりに増えている。厚生労働省『令和4年版 厚生労働白書―社会保障を支える人材の確保』によると、令和2年の保育士登録者数は約167万人で、その10年前(平成22年)と比べると、約65万人も増えている。
ところがだ。保育所等で保育士として働く「従事者数」は少ない。令和2年の従事者は、約64.5万人で有資格者の半数以下だ。つまり、資格を持ちながらも保育士として働いていない「潜在保育士」が多くを占める。その背景には、処遇や労働時間の問題のほかに「責任の重さ・事故への不安」がある。
こうした不安は、保育士1人が見る園児の人数が多すぎることが大きな要因だ。子どもの命を預かる仕事。“万が一”があってはならない。担当する園児が多ければ多いほど、緊張感は大きくなる。
愛知県で40年以上保育士を続ける、社会福祉法人熱田福祉会の理事長、平松知子さんは、日本の保育士配置基準の改善を求め、仲間たちと『子どもたちにもう1人保育士を!実行委員会』を立ち上げた。同実行委員会では、保育士が描いた4コマ漫画やイラストを公開し、社会の理解を求めている。
「余裕のない現場で、むりやり笑顔でゆとり保育をしようとするのはしんどいです。コロナ禍で一時期登園人数が少なくなりましたが、そのとき本当にゆとりを感じて、保育の楽しさを実感しました。絵本を読んだ時、子どもたちからのレスポンスがすごく増えた、という保育士もいました」と平松さんは言う。
人手が足りなくて、保育士がロボット化
この漫画では、1歳児12人を2人の保育士で受けもつクラスのリアルが描かれている。1人の保育士がオムツ替えで抜けると、11:1に。大人数を1人の保育士が見守ることになるため、自由に遊ばせるわけにはいかず、行動の規制を厳しくしてしまうことも。オムツ替えに出たもう1人の保育士も、「早く戻らねば」という意識から、手早い機械的な作業になってしまうという。もし、もう一人保育士がいたら……。
ゆとりのない緊張の給食時間
この漫画では、1歳児6人の食事を1人で見ている保育士の苦悩が描かれている。無事食事を終えて、「何事もなくてよかった」とため息。「ホントはもっと一人ひとりにゆっくり関わってあげたいのに……」と本音を漏らす。「リンゴを詰まらせたという保育事故がありました。報道の翌日、『食事の時間が怖いです』と話す職員もいて、給食の時間はものすごく緊張してやっています。喉を詰まらせることがないように見守る必要がある他、アレルギーによるアナフィラキシーの心配もありますし、本来はたくさんの目が必要なんです」(以下、平松さん)
理想の保育と安全対策の間でジレンマに陥る日々
この漫画では、1歳児担当の保育士が、理想の保育を知っていながらも、現実はほど遠い現状が描かれている。1歳児の現行の配置基準は、園児6人に対し保育士1人。自由に遊ばせたいけれど、目が行き届かなくて、つい「ダメ」「ストップ」の声がけをしてしまう。そんな理想と現実のギャップのもどかしさが伝わってくる。園児がもし半数の3人だったら……。2023年5月、埼玉県の保育園で、園庭のロープが3歳男児の首に巻き付いた事故が起きた。このときもまた、保育現場には緊張が走った。ロープは身近な遊び道具でもあるからだ。
「やっぱりなわとびごっこは緊張するよね、という話になりました。なわとびとして遊んでいるときはいいです。でも、遊具にくくりつけて、ターザンごっこや汽車ぽっぽになったら、途端に緊張感が倍になるわけです。『あ、ちょっとやめて』『それはお父さん、お母さんといるときにやろうか』という感じになっちゃうんです」
ただ子ども自身が考え、遊びの可能性を探ることは、「非認知能力」を育むことにつながる。その力を伸ばしてあげたいという思いと、安全対策の間でジレンマに陥る日々だ。
「ずっとそばにいられればいいんです。でも、『こっちでお漏らしした!』『あっちでケンカになってる』という時、ちょっと目を離した瞬間に何か起こっていたら取り返しがつきません。せめてもう1人保育士がいてくれれば……」
朝夕の保護者との会話は、保育士の重要な任務なのに
「朝夕の保育はどこも大変です。すでに登園している子の保育をしながら、順次受け入れをします。本来はじっくり受け入れたい、保護者と子どもの様子を伝えあいたいと思っているんです」保護者との会話も保育士の重要な任務だが、保育士の人数が足りないとなると、なかなか理想的な対応はできない。漫画のように、特に朝夕の時間帯は厳しい状況になる。
「迎えに来たお母さんたちに、『今日こんなことがあってね』と話すんですけど、子どもたちから目を離すわけにはいかないので、お母さんの方を向いて話せないんです。横並びになって、常に目線は園児全員を追っています。こういう涙ぐましい努力をしながら、私たちは子どもたちを見守っているんです」
保育士不足のしわ寄せは、結局子どもたちに……
給食の時間が慌ただしくなる、遊びが制限される、一人ひとりに向き合った保育ができない――。こういった保育士不足のしわ寄せは、結局子どもたちにくる。子どもたちの土台を育む乳幼児期。保育所だけの問題ではなく、社会全体の課題として意識する必要がありそうだ。
>>世界と比べ劣悪! 日本の保育士配置の諸外国との比較