売り言葉に買い言葉で夫を追い出した
「売り言葉に買い言葉だったんですよね。夫が『もうケンカはやめよう。不毛だよ』というので、『疑惑を追及されると困るんでしょ』と言ってしまった。私は不安だったんです。夫を失いたくなかった。それなのに夫が『家族4人で楽しく暮らそうよ』と諭すように言ったとき、『そうやって私を丸め込もうとするのね』と叫んでしまった。どうしたらいいんだと言う夫に『出て行って』と言いました」彼女は無意識のうちに夫を試してしまったのかもしれない。彼女が愛想を尽かしても、夫が自分を見捨てることなどあるはずがないと思っていたのだ。
「そうしたら夫、本当に出て行っちゃったんです。一瞬、焦ったけど、どうせすぐ戻ってくるだろうと思っていた。そうしたらその晩、帰ってこなかった。あわてて携帯に電話したけどつながらない。その日は子どもたちを保育園に送って、私は出社して。夕方になって、夫にいつものように『今日は私が迎えに行くね。何時頃帰る?』とメッセージを送ったんだけど返事がない。電話しても出ない」
その晩も夫は帰ってこなかった。警察に連絡しようと思ったが、ひとまず夫の実家に連絡をとってみた。だが、夫は行っていなかった。
「夫の留守電に、警察に行方不明だと届け出る。それが嫌なら電話してとメッセージを残したら、電話がかかってきました。『きみが出て行けと言ったんだよ』って。『戻ってきて』と言ったら、『オレをおもちゃにするなよな』と」
その結果、夫はアパートを借りて本格的な別居となってしまった。先のことはまだ話し合っていないが、ミナさんは「どうしてこんなことになったのか」と嘆く。共通の友人によれば、夫に女性などいない、それどころか以前から家族のことばかり話していたそうだ。
「ときどき子どもたちには会いに来ます。ふたりを連れ出して遊んで送ってくると、私がご飯食べていってと言っても頑なに帰ってしまう。私が謝ればいいのかもしれないけど、今さらどうやって謝ったらいいのか。しかも疑いをもつようなやりとりをしていたのは夫のほうだし」
中途入社の社員の不安をなだめていたらしいメッセージのやりとりに、そこまで怒らなくてもよかったのではないだろうか。
「ずっと不安だったんです。年下の夫がいつか私のもとを去っていくのではないか、と。そんな不安を見せたことはないし、いつも強気に振る舞っていたけど、実は私はそんなに強くない。彼にそれをわかってほしかったのかもしれない……」
そんなことで別居生活が当たり前になってしまったら、もうふたりの関係は再構築できなくなる恐れもある。早く向き合って話したほうがいいし、彼女自身、それはわかっているのだろうが、ことの展開が早すぎて気持ちがついていかないとつぶやいた。
「別居なんかしないほうがいい。勢いで出て行ってなんて言わないほうがいい。夫婦どちらも、出て行けという言葉だけは言ってはいけない。今になるとそう思います」
愛されていることに自信があっただけに、この落差がきつい。彼女はげっそりした表情でそう言った。