モルヒネなどは、古くから医薬品として用いられてきました。
「麻薬のような違法薬物…」と聞いて、みなさんはどう感じますか? 多くの方が、何の違和感もなくすんなりと聞き入れるのではないでしょうか。各種報道などでもこうした表現が多用されている影響もあるでしょう。しかし、これは大きな間違いです。「麻薬」が何なのかを多くの国民が正しく理解していないことを物語っています。
「麻薬」に該当する代表的な薬は、モルヒネです。植物のケシから得られるアヘンの主要な薬効成分であり、強い鎮痛作用を示すため、古くから医薬品として用いられてきました。今でも、ひどい痛みに苦しむ多くの患者さんを救っています。とくに、末期がんに伴う持続的な激しい痛みを和らげるのには欠かせません。
アメリカで重大な社会問題の「オピオイド危機」(詳しくは「1日300人以上が死亡…合成麻薬フェンタニルを中心としたアメリカ薬物問題の現状」「アメリカで年間10万人以上が死亡…フェンタニルを中心としたオピオイド危機とは何か」をお読みください)をまねき、いま世界的にも広がりをみせ問題視されている合成オピオイドの一種「フェンタニル」という薬は、本来はモルヒネと同じように、末期がんの患者さんなど慢性疼痛に苦しむ人々を救うために用いられる正式な医薬品です。適正に使用すれば、モルヒネより鎮痛効果が高い一方で消化器系の副作用が生じにくい優れた薬ですが、乱用されると良くないので、麻薬に指定されています。
麻薬が違法薬物なのであれば、モルヒネやフェンタニルを使って痛みのコントロールをするという治療は、違法なのでしょうか。モルヒネやフェンタニルを投与してもらっている末期がんの患者さんは、犯罪者なのでしょうか。違いますよね。「麻薬のような違法薬物…」という表現の中に、とんでもない誤解があることに気づいてください。
薬物そのものが違法なのではありません。違法なのは、本来役に立つはずの医薬品等を「みだりに不正に」取り扱う「行為」なのです。
「麻薬及び向精神薬取締法」とは・法律で規定されていること
本来「麻薬」が違法なものでないということをしっかり理解していただくために、それを規定している法律の「麻薬及び向精神薬取締法」について解説します。「麻薬及び向精神薬取締法」の「第一章 総則」(第一~二条)には、この法律の目的と用語の定義が記されています。
それに続く「第二章 麻薬に関する取締り」(第三~十条)には、麻薬を取り扱うための免許に関するルールが非常に詳しく定められています。つまり、麻薬を禁止しているわけではなく、正当な目的があって取り扱いたいときにはちゃんと許可を得て行ってくださいーと定められているだけなのです。
「第七章 罰則」(第六十四~七十六条)には、規定に違反して、輸入、輸出、製造、製剤、小分け、譲り渡し、譲り受け、交付、所持、施用、廃棄、施用を受けることなどを「みだりに」行った場合の罰則が細かく記されています。要するに、無免許で行ってはいけない、不正行ったときには厳しく罰すると決められているのです。
分かりやすく喩えれば、麻薬は自動車と同じです。自動車は扱い方によっては、人を傷つけたり命を奪ったりする道具にもなる、危険なものです。しかし、自動車そのものは違法とはされていません。「自動車を運転するにはちゃんと免許をとってください、無免許や故意に危ない運転をしたら違法行為として厳しく罰しますよ」と定められています。麻薬も同じです。
また印象的なのは、「製剤」、「小分け」、「交付」、「施用」(医師などが治療目的で提供すること)、「廃棄」、「施用を受ける」(患者が治療目的でもらって使うこと)といった、医療目的で使用される場面を想定した文言が罰則中に含まれています。つまり、「麻薬は医療に用いられることがある」という前提で法律が作られているのです。
医療目的でも使用が禁止されている麻薬は「ヘロイン」だけ
ここまで「麻薬は違法薬物ではない、全面禁止されているわけではない」と説明してきましたが、ちょっとだけ訂正します。なぜなら、たくさんある麻薬の中でたった1つだけ、医療目的で使用することも禁止されているものがあるからです。それは、ジアセチルモルヒネ、別名「ヘロイン」です。
ヘロインは、1874年にイギリスの化学者アルダー・ライトがモルヒネを無水酢酸で処理することで合成した薬物で、1898年にはドイツのバイエル社から咳止めの薬として発売されましたが、あまりにも有害だったので、使用禁止になりました。
ヘロインは、繰り返し使用すると、強い身体的依存を形成しやすく、2~3時間おきに使用し続けないと、骨が砕け散るような痛み、悪寒、吐き気などの激しい禁断症状に苦しめられます。大量に使うと、呼吸困難、昏睡から死に至ります。
「麻薬及び向精神薬取締法」の「第二節 禁止及び制限」の第十二条にはこう記されています。
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第十二条 ジアセチルモルヒネ、その塩類又はこれらのいずれかを含有する麻薬(以下「ジアセチルモルヒネ等」という。)は、何人も、輸入し、輸出し、製造し、製剤し、小分けし、譲り渡し、譲り受け、交付し、施用し、所持し、又は廃棄してはならない。ただし、麻薬研究施設の設置者が厚生労働大臣の許可を受けて、譲り渡し、譲り受け、又は廃棄する場合及び麻薬研究者が厚生労働大臣の許可を受けて、研究のため、製造し、製剤し、小分けし、施用し、又は所持する場合は、この限りでない。
2 (略)
3 (略)
4 何人も、第一項の規定により禁止されるジアセチルモルヒネ等の施用を受けてはならない。
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つまり、ヘロインに限っては、医療目的での使用も禁止されています(特別に厚生労働大臣の許可を得た麻薬研究者が研究のために扱うことは可能)。
医薬品ではない麻薬でも、全面禁止されていない理由
法律で定められている「麻薬」には、まだ医薬品として認められたことがない薬物も入っています。かつては危険ドラッグとして流通し、指定薬物として規制された後に、麻薬に格上げされて厳しい規制対象となっている薬物も含まれています。そんな薬物は全面禁止にして、違法薬物扱いにしてしまえばよいと思われるかもしれませんが、実はこれらの薬物(ヘロインを除く)は、許可なく不正に扱うことが禁止されているだけです。みなさんは「副作用がない薬がいい」と思うかもしれませんが、まったく副作用がないような薬は「まったく効かない薬」です。体に作用するのが薬なのですから、薬には必ず副作用があるものです。それを理解しながら、薬の良い面を最大限に引き出し、悪い面をできるだけ避けるように使うことが大切なのです。
麻薬はいろいろな意味で危険性をもっていますが、それは「本当に効く薬」だからです。麻薬のもつ良い作用がうまく引き出せて、悪い面がでないような解決法が見つかれば、有益な医薬品になる可能性を秘めています。だからこそ、全面禁止にはしていないのです。有効性と安全性が確認され、正式な申請と審査を経て認められれば、医療目的などに使用することが可能な道がちゃんと残されているのです。
薬物が悪いのではありません。正しく理解しないで間違った使い方をしようとする人間が悪いのです。麻薬を含めた薬物規制の真意についてすべての国民が理解してもらいたいと切に願います。もし「麻薬のような違法薬物」といった話をする方がいたら、その表現が誤っていることを、ぜひその方に教えていただければと思います。