時間がかかった離婚。振り返ってみると
もっと早く離婚すればよかった
結婚直後から、夫のモラハラ発言にうんざりしていたミチヨさん(42歳)。だが、当時は「離婚という発想はなかった」と言う。「夫の収入がよかったんですよ。私は専業主婦願望が強かったので、子どもさえできれば夫は変わってくれると信じていました」
28歳で結婚、30歳で第一子となる長男を産んだ。その直後は確かに夫は変わった。早く帰ってきて子どもの顔をじっと見ていることも多かった。
「でも夜に泣いたりすると『泣かすなよ。おまえは昼間寝ていられるだろうけど、オレは仕事なんだよ』と怒鳴るようになった。真冬に子どもを抱いて外を歩き回ることもありました。そんなとき、もといた会社の同僚が離婚したと聞いたんです。彼女に話を聞いてみると、『口うるさい夫と義母に毎日、文句を言われて離婚したのよ。体中に縛られていた縄を解かれたみたいな解放感がある』って。私も義母の干渉にうんざりしていたし、夫の言葉がモラハラだとわかっていなかったから、そのあたりから人生を考え始めましたね」
ミチヨさんは、離婚はまさに自分の人生をがらりと変えるものであり、離婚=不幸だと思い込んでいた。不幸のドツボに自らはまり込むのは避けたかった。
「子どもが小学校に入ったら考えようと先送りしていました。でもそのうち、夫は仕事でイライラすることがあると、帰宅してから怒鳴ったり物に当たったりするようになった。それでも私はなんとか夫が怒らないように顔色をうかがい続けていたんです。そうしたら『おまえのその人を疑うような目つきが気に入らない』と、ある日突然、平手打ちされました」
一度決壊したら、夫の心の崩壊は止まらなかった。警察を呼んだこともあるし、子どもの手を引いて真夜中に交番に逃げ込んだこともある。
「息子が10歳のときだったかな、『お母さん、落ち着いて考えたほうがいいよ。僕、お母さんと一緒ならどういう生活になってもいいから』と言ったんです。子どものために離婚はしたくなかったけど、実は子どもの心に負担を強いていたと初めて気づきました」
ミチヨさんは引っ越し業者を呼んで、最低限の荷物を積み込み、自宅をあとにした。そこからは両親や友人たちに話して助けを借り、生活を整えていった。誰にも相談すらできなかったのに、人に打ち明けたとたん、みんなが協力してくれたのだという。
「弁護士も入って、時間はかかりましたが、ある程度まとまったお金ももらいました。それからはパートで雇ってもらった会社で必死で働いてきました。近いうち正社員への道も開けそうです。こんなことなら、もっと早く離婚すればよかったと今は思っています」
離婚を熟慮するというより、環境が変わるのが怖くて先延ばししていたに過ぎなかったとミチヨさんは苦笑した。
>子どもたちの高校卒業後の進路が決まったときに