高齢になった夫の面倒は見られない
イクコさんの夫は現在、62歳。まだ現役として働いているし、持病もない。「だから別れるなら今のうちだと思ったんです。もし看護や介護が必要な状態になったら、私はおそらく夫を見捨てることはできない。そうしたら私はいつまで夫に縛られなければいけないのか。子育ては楽しかったし、夫に食べさせてもらったことは感謝しています。でもこの先、ふたりきりになっても、家のことは何もかも私で、話をしようとすれば舌打ちされる。そんな生活をするくらいならひとりでいたほうがずっとマシです」
彼女は子どもたちが大きくなってからはパートで働いている。そのお金は子どもにちょっとしたものをプレゼントしたり友だちとランチをしたりするために使う。長男はもうじき結婚するが、妻となる女性にもささやかなプレゼントを自分の収入から選んだ。
夫が過去を後悔しているのはわかると彼女は言った。だが、すでに30年たって、彼女の心の奥には夫を恐れたり嫌悪したりする気持ちが積もってしまった。今さら対等に話すのは難しいし、夫もそこまで思い至ってはいない。
「とりあえず今までのことは謝って、これからも今まで通りにしたいということなんですよ、夫は。でも私はもう嫌。自分の靴下ひとつ自分で探せない夫の面倒を見て老いていきたくない。今ならまだ体も動くから、自分の人生を生きられる」
切羽詰まった彼女の思いを、5人の子どもたちは受け止めた。5人で父親を説得してくれたのだ。「お母さんを自由にしてあげて」と。離婚しないなら、僕らは全員、今後、お父さんを父親とは思わないと長男は告げた。
「それで夫はやっと離婚に同意しました。細かい協議はこれからですが、息子の友人が弁護士としてついてくれることになりました。とりあえず私はもうじき引っ越して別居します」
母親であることは一生変わりないが、「妻」という肩書きは取れる。それがうれしいと彼女は晴れやかに笑った。