寒ブリ、寒サバが美味しい季節……冬の魚は脂がのっているのはなぜか
寒ブリなどの冬が旬の魚はなぜ脂がのっている?
「寒ブリ」や「寒サバ」に代表されるように、文字どおり寒い冬の時期の魚は、脂がのっていて非常においしいですね。
ちなみに、「あぶら」を漢字で書くと、「油」と「脂」の2種類があります。一般に、「油」の方は、部首が「さんずい」であるように、常温で液体のものをさします。「脂」は、部首が「にくづき」であるように、動物の肉体に含まれているものをさし、常温では固体のものをさします。しかも、「脂」の右側(つくり)には「旨い」が含まれているので、脂がうまいのは当然かもしれませんね。
さて、魚の肉に含まれる「あぶら」は、「油」それとも「脂」どちらでしょうか。魚は動物の一種ですから単純に「脂」でいいだろうと思われるかもしれませんが、話はそう単純ではありません。実は、魚肉には融点の低い不飽和脂肪酸が多く含まれ、牛肉や豚肉に含まれる飽和脂肪酸とは性質が異なります。また、魚は変温動物で、特に冷たい海の中に泳いでいる魚の体内では、あぶらが固まっているので「脂」です。しかし、体温が36~37℃の恒温動物の私たち人間が魚を食べたときの体内で、魚のあぶらは液体になるので「油」と書くのが正しいです。「魚の”脂”」、「魚”油”」という漢字の使い分けがされるのには、こういう理由があることを知っておきましょう。
少し話がそれてしまいましたが、なぜ冬の魚の身には脂が多いのでしょうか。一緒に考えてみましょう。
冬は魚にも厳しい季節……エネルギーとして皮下脂肪を蓄える
寒い冬は、すべての動物にとって、生き延びていくのに厳しい季節です。第一には、低温になると、体の代謝機能が落ちてしまいます。生物の体内では、酵素などが関与した化学反応が進行することで、生命が維持されています。この化学反応はすべてが温度に依存しているので、寒すぎると様々な機能が働かなくなってしまいます。
第二には、寒い冬は餌が少なくなります。多くの生き物が生息している海でも、同じです。太陽光が弱くなる冬は、魚の餌となるプランクトンなどの数も減ります。餌を求めて温かい海域まで移動する魚もいますが、移動するためにはエネルギーを消耗することになりますので、長距離の移動はかえって不利です。寒い冬を乗り切るためには、無理をして動いたり体を大きく成長させるのにエネルギーを使ってしまうよりも、いったん休んでエネルギーを体内に溜めておいた方が、生き残るためには有利となるでしょう。
クマは、秋になるとドングリなどをたくさん食べて太り、皮下脂肪をエネルギーとして蓄えたうえで、寒くなるとエネルギー消費を抑えるために「冬ごもり」(ずっと眠っているわけではないので「冬眠」と言うのは間違いです)をします。実は、魚も同じです。だから、冬の魚は脂がのっているのです。
魚だけでなく人間の体にも必要な脂肪…健康的に生存していくために不可欠
非常に細かくて恐縮ですが、私は生物学者なので、「冬の魚に脂がのっている」のは、魚がそうしようとしてそうなっているわけではなく、自然淘汰の結果ではないかと考えます。寒い冬を迎えたときに、体内にたっぷりと脂肪を蓄えられる個体と脂肪が少ない個体がいることでしょう。そして前者は生き延びることができて、後者は死に絶えてしまう。その結果として、寒い冬を生き延びている魚には脂肪が多く含まれており、それを私たち人間が釣って食しているということなのではないでしょうか。これを私たち人間に置き換えて考えてみると、体に脂肪がついているのは、生存に必要なことであることを忘れてはならないと思います。
過剰なダイエットブームの中で、必要以上に「痩せたい」と切望し、無理な食事制限などによってガリガリの体を手に入れようとされている方がいますが、生物学的に見ると、それは単に命を削っているだけです。
そもそも私たちの体に脂肪がついているには理由があります。まず第一に、皮下やお腹の中に適度な脂肪がついていれば、物理的な力を吸収してくれるので、何かにぶつかったとしてもダメージが少なくて済みます。つまり脂肪は、骨や内臓を守ってくれているのです。ガリガリだと、ちょっとした衝撃にも耐えられず、致命的な傷を負うことになります。
第二に、冬の魚に脂がのっているのと同じように、食べ物から栄養がとれないときでもエネルギー源となる脂肪を体に蓄えておければ生き延びることができます。今の私たちは飽食の時代に生きているのであまり感じないかもしれませんが、もし食糧難になって飢餓状態になったときには、ガリガリの人は体力がなく先に死んでしまうでしょう。また、病気になったときの「回復力」を支えるためにも、体の脂肪は役立つでしょう。
暴飲暴食がまねく肥満はよくありませんが、普通の食事をして適度な脂肪を体に蓄えておくことは生存に必要なことと心得ておきましょう。