食生活・栄養知識

「そば湯にルチンは入っているか、いないのか」…論争の答えは?

【薬学博士・大学教授が解説】抗酸化作用や動脈硬化を防ぐ効果が期待されるポリフェノールの一種、「ルチン」。そばに含まれる成分ですが、「そば湯に入っているか、入っていないか」で一部では論争にもなっているようです。実はこの議論には大きな問題点があります。正解とあわせて、わかりやすく解説します。

ポリフェノールの一種のルチン…そば湯にもルチンは入っているのか

そば湯にルチンは含まれているのか

そば湯にルチンは含まれているのか

そば屋さんで、ざるそばなどの冷たいそばをいただいた後、急須のような入れ物に幾分白く濁ったお湯が入ったものが出てくることがあります。そばのゆで汁の、「そば湯」です。そばを食べた後のそばつゆにそば湯を加えて飲むのが一般的な味わい方ですが、私はそのまま飲むこともあります。とろっとした飲み心地と、ほんのり甘くそばのわずかな香りが楽しめるので、大好きです。

蕎麦湯(そば湯)の栄養・健康効果…飲み方、楽しみ方は?」で解説したように、そばは栄養のある食材として知られており、そばの栄養分が溶けだしたゆで汁を捨ててしまうのはもったいないという考えから、そば湯を飲む風習が始まったと言われています。実際、そば湯には、そばに含まれていた炭水化物、ミネラル分、ビタミンB群、食物繊維などが溶け出ています。

ただし、そばに含まれていて、抗酸化作用や動脈硬化を防ぐ効果が期待されているポリフェノールの一種である「ルチン」という成分については、そば湯に入っているという説と、入っていないという説があり、どちらが本当なのか、一部で論争にもなっているようです。

インターネットで「そば湯 ルチン」などのキーワード検索をしてみると、この議論にまつわる多数の記事を見つけることができます。多くは栄養士さんの肩書きで書かれた記事で、その内容は大きく2つに分かれているようです。
  • ルチンはそばに豊富に含まれていて、ゆでたときにお湯に溶け出す
  • ルチンは水に溶けない物質なので水に溶け出ることはなく、そば湯には含まれていない
一見どちらも理にかなっているように思えるかもしれませんが、私は正直なところ、「どちらも非科学的でナンセンス」と感じてしまいます。断片的な知識ではなく、基礎となる理科、特に化学の知識が必要な部分です。

この議論の何が問題なのか、そしてそば湯にルチンは含まれているのか、わかりやすく解説しましょう。
 

「そば湯にルチンが入っているか、入っていないか」議論の問題点

まず、「入っている」「入っていない」は何を基準に線引きしているのでしょうか。議論を見ていると、いずれも量的概念が欠落しています。ごくわずかに含まれている場合は、「入っている」「入っていない」のどちらと考えればよいのでしょうか。成分の含有量は0か100かといった極端なものではないわけですから、まずは白黒はっきりした議論をしようとすること自体がナンセンスではないでしょうか。

記事によっては「そもそもルチンは水に不溶なのでそば湯に溶けているはずがない」と説明されているものもあります。一般的にはそばに含まれる他の栄養分とともにルチンもお湯に溶け出すという考えが広まっているようですので、これに反する主張の方が注目を集められるかもしれませんが、この考察はお粗末です。

そばに含まれる天然ルチンが、水に溶けにくいのは事実です。化学物質のデータベースを見ると、ルチンは水に「不溶」と書かれています。ただし、この「不溶」という表現には注意が必要です。水に溶けにくくて、正確な溶解度のデータがない場合にも「不溶」という記述がされるからです。ルチンは、非常に水に溶けにくいですが、溶解度が完全にゼロなわけではありません。極微量であれば溶けます。

また、そもそも化合物が水にどれくらい溶けるかは、条件によって変わります。温度や、水に混在している他の物質の存在によっても影響されます。水に全く溶けないはずの油が、水と混ざることもあります。乳液がその一例です。水と油の両方に親和性を持つ界面活性物質が共存していれば、水の中に油を均一に分散させることもできます。これと同じように、そばに含まれる他の物質との相互作用によって、ルチンがお湯に溶け出し、そば湯に含まれていたとしても、何ら不思議ではありません。

「水に不溶な物質がお湯の中に存在しえない」という主張は、あまりにも短絡的です。
 

「そば湯にルチン」の結論は? 「そば湯にはルチンが含まれている」が正解!

では、こうした無意味な議論に決着をつけるにはどうしたらいいのでしょうか。

そうですね。実際にそば湯を集めて、その中にルチンが含まれているのか測定してみればいいのです。机上の知識だけで話を進めてしまうと、説得力がありません。ルチンがそば湯に「溶け出す」という説明も、「溶け出さない」という説明も、知識からの想像で話を進めているだけではいけません。議論をするくらいなら、自分で分析機器を使って測ってみてほしいものです。分析技術がない場合は、せめてそば湯を分析した論文を調査すればよいのです。

私が文献調査したところ、参考になるものが見つかりました。昭和35年に発表された古い論文ですが、長野県短期大学栄養学研究室の研究結果として、「栄養と食糧」13巻, 第3号, 21~24ページにきちんと掲載されています。

この論文には、クロマトグラフィーという分析技術を用いて、色々な品種のそばや、各種そばの加工品に加え、そば湯中のルチン含量を測定したデータが記されています。複数のそば屋さんのそば湯をサンプルとして測定したところ、お店によって多少の違いはあったものの、そば湯1リットル中にだいたい2~3mgのルチンが検出されました。実際に私たちが一度に飲むそば湯の量は100mLくらいだとすると、0.2~0.3mgのルチンを摂取することになります。

コップ一杯のそば湯を飲んだだけで健康効果が期待できるほどのルチンが摂取できるわけではないようですが、論争の結論としては「そば湯にルチンは含まれている」が正解でしょう。
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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