うどんのコシとは、麺の「弾力と粘り」のこと
うどんのコシが生まれるメカニズム
「やわらかいうどんの方が好き」という方の中には、「コシ=硬さ」と捉えている方がいるのではないかと思いますが、正しくは「コシ=弾力と粘り」です。口に入れたときは滑らかで口当たりがよく、噛むとほどよい歯ごたえを感じる状態のことです。
ちなみに漢字で書くと「腰」です。私たちの身体の「腰」には、たとえば誰かに押されて倒れそうになったときでもグッと堪えて持ちこたえられる力がありますね。
それと同じように、麺類などが噛まれたときに応じる「弾力や粘り」のことも、「腰」と言うようになったのですが、漢字で表すとどうしても身体の一部を連想してしまうため、ちょっと独特な食感をイメージしやすいように、あえてカタカナで「コシ」と書き表すことが多いです。本記事でも、カタカナ表記で通したいと思います。
ご存じのように、うどんは、小麦粉と水と塩を混ぜて作られますが、さらに練ることによってコシが生まれます。ただし、材料の配合比や練り方によって、コシの程度は変わります。一体どういうメカニズムでコシの程度が決まるのでしょうか。
小麦タンパク質のグルテンが生み出す「粘弾性」
一般的な小麦粉の場合、10%前後がタンパク質で、さらにその約85%をほぼ同量の「グリアジン」と「グルテニン」という2種類のタンパク質が占めています。グリアジンは、1本のポリペプチド鎖(たくさんのアミノ酸がペプチド結合により鎖状につながったもの)にいくつかの糖がくっついた糖タンパク質の一種です。水には溶けませんが、エタノールには70~80%溶けます。このタンパク質が吸水すると粘着力を生じます。
一方、グルテニンはいくつかのポリペプチド鎖が「ジスルフィド(S-S)結合」という構造を介して重合したもので、コイルのような立体構造をしています。水にも含水エタノールにも溶けませんが、水分子や他のタンパク質と結合する性質があります。
うどんを作るときには小麦粉に水を加えてこねますが、このとき水が介在してグリアジンとグルテニンが結びつくことで「グルテン」ができます。もともとグリアジンには、粘着性と伸展性(伸びやすさ)があるが弾力は弱く、一方のグルテニンには、弾力と強度があるが伸びにくいとう特徴があります。
これらが合体したグルテンでは、両タンパク質の強みである粘着性、伸展性、弾力、強度のすべてが発揮され、これがコシの元になっているのです。
うどん作りには「中力粉」が適する理由
小麦粉はうどんなどの麺類以外にも、パンやケーキ、クッキーなどを作るのにも使われ、「強力粉」「薄力粉」「中力粉」という種類があります。小麦粉の種類を区別する基準はいろいろありますが、一般的にはグルテン含量の違いで分けられています。グルテン含量が11.5~13.0%と多いのが強力粉、6.5~9.0%と少ないのが薄力粉、その中間のものが中力粉です。グルテン含量の多い方が粘弾性が強くなるので、用途によって使い分けられます。
たとえばパンは、小麦粉をこねて作った生地を発酵させて二酸化炭素を発生させたのちに、加熱して膨らませて作ります。そのとき、生地が破れずに膨らみ、冷めたときにその形が保たれるためには、グルテンを多く含んで粘り気と強さを兼ね備えた強力粉が向いています。
一方、クッキーのようなお菓子を作るときには、膨らませる必要がありませんし、グルテンが多いとしっかりしすぎて食感が悪くなるので、薄力粉の方が適しています。天ぷらも同じです。薄力粉を多めの水で溶き、しかもできるだけかき混ぜないようにして具材にからめるのは、グルテンを増やさず、揚げたときのサクサク感を出すための工夫です。
うどんについては、グルテンが少ない薄力粉で作ると、生地が切れやすくてこねるのが難しいですし、成形できたとしても茹でるときにぼろぼろとちぎれてしまうでしょう。
逆に、グルテンが多い強力粉で作ろうとすると、生地をこねて延ばすのが大変ですし、出来上がりの麺が硬すぎて、必ずしも食感がよくありません。ですので、“ほどよいコシ”のあるうどんを作りたければ、中力粉が向いているというわけです。
うどんを作るときの「食塩」の役割と重要性
うどんのコシの強さを決める要素は、主に3つあります。・小麦粉に含まれるタンパク質の量
・生地を作るときの水分量
・こねるときの時間や強さ
ですが、それ以外にも特に生地に添加する「食塩」は重要です。うどんの本場の讃岐地方では、季節によって小麦粉に混ぜる水と塩の配分を変えるそうです。
うどんの生地を作るときに食塩を添加するメリットは2つあります。1つは味を調えてくれること。食塩は、食べ物のうま味を引き立ててくれる効果がありますので、茹で上がったときに塩味そのものを感じない程度の適量の食塩が含まれたうどんの方がおいしいのです。
もう1つは、グルテンの強度を増してくれることです。なぜ食塩の添加によってうどんのコシが強くなるのか、そのメカニズムはまだ十分に解明されていませんが、小麦粉に水を加えてこねるときにできるグルテンに作用して、タンパク質間相互作用を変化させると考えられています。
近年の食品化学の研究によると、食塩添加によって特にグリアジンの物性が変化すること、食塩水に含まれるナトリウムイオン(Na+)と塩化物イオン(Cl-)のうち、特に塩化物イオンがタンパク質の凝集過程に影響を与えていること、食塩の存在下ではタンパク質の分子間距離が短縮されることなどが報告されています。
今後の研究によって、より詳しいメカニズムが解明されることを期待しましょう。
食塩以外の「添加物」はうどんのコシに影響する?
最近はうどん人気にあやかって、新しいタイプのうどんの開発が試みられ、たとえばみかんの果汁や皮を練りこんだ「みかんうどん」なるものも登場していますが、食塩以外の添加物によってもうどんのコシは変わります。砂糖などの糖分を添加すると、グルテンの強度は下がります。油脂類の添加もタンパク質同士の結合を阻害するため、グルテン強度を下げます。
また、ビタミンC(アスコルビン酸)の効果については、製パンに関してよく研究されています。ビタミンCは栄養的にも摂取することが好ましいですし、酸化防止剤として製品の変質や劣化を防いでくれます。加えて、ビタミンCを加えてパン生地をこねると、空気中の酸素と反応して酸化型ビタミンCができ、これがグルテンの結合を促進するとともに、グルテン強度を弱めてしまう物質の作用を弱めることで、生地の弾性を高めてくれると報告されています。
昔から、柑橘類の果汁を加えてパン生地を作ると、品質の良いパンができることが経験的に知られていましたが、理にかなった工夫だといえます。うどんを作るときに、ビタミンCを含む柑橘類を添加するのも、同じ効果が期待できます。
うどんを作ってくれた先人たちの知恵に感謝!
コシが生まれる原理を知ってしまうと、なるほどなと納得しますが、よく考えてみると、先人たちは何の科学的知識を持ち合わせていなくても、数多くの試行錯誤を積み重ねることで、ほどよいコシを生み出すノウハウを見つけたのです。人から教えてもらった知識を伝えるだけで「知ったかぶり」をするのは簡単ですが、何も知らないところから自らの経験に基づいて新しいことを見出すのは、本当にすごいと思います。
私たちがおいしいうどんを楽しめるのは、先人たちの努力と知恵のおかげですから、感謝して食べるようにしましょう。
■関連記事