食生活・栄養知識

認知症予防に有効な食事はある?食材の選び方・調理法のポイント

【脳科学者が解説】認知症予防に効く食べ物を知りたいと思う方は多いようです。しかし特定の野菜や果物を食べればよいというものではありません。重要なのは、脳細胞の数を減らさないことに役立つ食材選びと調理法を知り、食事を楽しむことです。詳しくご紹介します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

年を取ると脳細胞の数は減る……増やす方法はあるのか

 認知症予防になる食材選びや調理法のポイントとは

 認知症予防になる食材選びや調理法のポイントとは


認知症の記憶障害は、脳の中で記憶形成を司っている「海馬」という部位がダメージを受けることで起こります。その予防は、いかに海馬が衰えないように保つかにかかっていると言えます。

一般に、成熟した脳の神経細胞は細胞分裂しませんので、年をとるとともに、その数は少しずつ減っていきます。しかし、近年の脳科学研究から、どんなに年をとっても海馬には「神経幹細胞」(神経細胞になる前の未熟な細胞)が残っており、必要に応じて少数の神経細胞が新たに生み出され、補充されていることが分かりました。このしくみは「神経新生」と呼ばれています。
 

脳の神経細胞を減らさない! 豊かな環境で促される神経新生

神経新生がどれくらい起こるかは、環境によってかなり左右されます。詳しくは「萎縮した脳を回復させる方法はあるのか?脳の神経細胞と「神経新生」」で解説していますので、あわせてご覧ください。1998年には、アメリカの研究グループがネズミを使った実験を行い、餌や水があるだけの普通の飼育箱に3匹ずつ飼育した場合と、たくさんの遊具などが置いてある広い飼育箱中で13匹ずつ飼育された場合を比べたところ、「刺激が多い豊かな環境」に触れた後者の方が、海馬の神経新生が促され、記憶力のテストでも良い成績を示したと報告しました(J Neurosci 18: 3206-3212, 1998)。

私たち人間においても同じようなことが起きるのか、本当のところはまだ確かめられていませんが、海馬のつくりや働きはネズミと人間でも大きくは変わりませんから、私たち人間にもあてはまると考えていいでしょう。日々、適当な刺激を受ける暮らしをしていれば、神経新生のしくみによって神経細胞が補われ、脳の働きが保たれるものと期待されます。
 

認知症を予防する食べ物は? 特定の食品ではなく「噛む」行為が重要!

よく「認知症予防に〇〇がよい」といった食べ物に関する話がありますが、食と神経新生の関係は多くの方が気になるところでしょう。「〇〇を食べると神経新生が高まる」という話を聞きたいと思うかもしれません。

しかし実際には、特定の食べ物や栄養分を摂取するだけで神経新生が促されるというデータはまだありません、また、そのような話があったとしても、全身の健康を考えれば、特定の食べ物だけを偏食することはお勧めできません。そもそも食は、体の機能を保つのに必要な栄養分を補うためのものであり、病気の予防や治療に利用するべきではないと私は思います。

食に関して、栄養分以外で注目したいのが、「噛む」ということです。

しっかり噛めば認知症予防になる?歯と脳の健康の意外な関係」で解説したように、奥歯を使ってしっかり食べ物を噛むことで、海馬の神経新生が促されることがわかってきています。たとえば、ネズミを使った実験で、奥歯を失い餌を噛んで食べられなくなると海馬の神経細胞が減り記憶力が悪くなること(Brain Res 826: 148-153, 1999)や、奥歯を失うことで記憶力が低下するのは食べるのが難しくなり栄養失調になるためではなく、「奥歯でしっかり噛むことができないこと自体が海馬の神経新生の減少につながるという実験データ(Neuroreport 16: 249-252, 2005)も報告されています。

よく噛んで食べることは、海馬の働きを高め、記憶力を高めるようです。
 

軟らかい食べ物だけではダメ? 脳の健康に役立つ食のコツ

私もそうですが、軟らかく調理されたお肉を口に入れると「とろけるようでおいしい」と感じますよね。もともと軟らかい豆腐やプリンでも、より口当たりのいいものを私たちは好みます。どうも「噛まなくても済む」ことをありがたいと感じる傾向があるようです。また、時間がなくて急いでいるときは、ハンバーガーを口にほおばり、ジュースで流し込むなんてことをしている方も多いことでしょう。1日に必要な栄養分が含まれたゼリーだけで食事を済ませているという方もいらっしゃるでしょう。

でも、こうした食習慣は、あなたの脳をだめにしているかもしれません。しっかり噛んで食べて、海馬の働きを高めるためには、軟らかい食べ物ばかりではだめです。

とはいっても、スルメなどを毎日噛み続けなければならないというわけではありません。自分の歯や顎の状態に合わせて、食材選びや調理法を少しだけ工夫すればよいのです。しっかり噛める食事を用意するためのヒントを、以下にいくつか挙げておきます。
 
  1. 食材を大きめに切る
  2. 食物繊維が豊富な根菜類を入れる
  3. こんにゃくやイカ、タコのように軟らかくても弾力がある食材を入れる
  4. 野菜は歯ごたえが多少残っている程度に加熱する
  5. 肉や魚は、煮るよりも、揚げたり焼いた方がよい
  6. 軟らかい食材の中に少しだけ硬い食材を混ぜる。たとえば、アーモンドや小魚をサラダのトッピングに使う
  7. できるだけ薄味にする。味やにおいをじっくり味わおうとするために、自ずと噛む回数が増える

顎の力が弱く噛むのがつらいという人は、急に無理をすることはありません。上のことをヒントに、無理のない範囲で、少し改善してみてはいかがでしょうか。
 

栄養分だけではない食の健康効果……会話しながらゆっくり楽しむことも大切

しっかり噛むためには、食材や調理法だけでなく、食事時間も大切です。慌てて食べるとしっかり噛めませんので、1回の食事時間は少なくとも20~30分とりたいものです。

また、一人だけで食べるいわゆる「孤食」よりも、みんなと一緒に食べる方がいいでしょう。口を開けておしゃべりをしたり、大声をあげて笑ったりすると、さらに顎を使いますので、ますます脳が刺激されます。「みんなでワイワイ楽しみながら、しっかり噛んで食べる」ーそれだけで脳の健康が維持できるなんて、最高ですね。

健康のために栄養のことばかり気にして、それ以外の食事の意味を忘れてしまっていたという方は、この機会に見直してはいかがでしょうか。
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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