独身女性×既婚男性の不倫関係
「結婚するつもりはもともとありませんでした。だから相手が既婚者でも、誰にもばれずにひっそり恋愛を続けていければいいと思っていた。彼も『きみがそのつもりなら、僕は一生、つきあっていきたい』と言ってくれていました」ナツコさん(49歳)は、3カ月後に50歳を迎える。30歳のときから一回り年上の職場の男性とつきあいはじめ、もう19年がたった。
「最初は私の上司だったんです。その後、お互いに異動して部署は替わりましたが、関係は途切れなかった。淡々と粛々とつきあってきたような気がします」
彼女は結婚の意思がなかった。10歳のころに両親が離婚し、母は看護師をしながら彼女と弟をひとりで育ててくれた。仕事さえしていれば、たとえ離婚しても女性は強く生きていける。そう思っていたが、そのうち、結婚も必要ない、子どももほしいわけではないと気持ちが固まっていったという。
「がんばりすぎた母は、私が就職して6年後に病気で亡くなりました。これからもっともっと母と旅行もしたかったのに。落ち込んでいる私に声をかけてくれたのが、当時上司だった彼です。ずいぶん愚痴を聞いてもらった。そうこうしているうちに関係ができて。彼のおかげで立ち直れたし、彼のおかげで仕事のおもしろさにも目覚めた。彼と一緒にいる時間が、いちばん私らしくいられました」
ひとり暮らしの彼女の家に、彼は人目を忍ぶようにやってくるようになった。ときには彼女の自宅近くの居酒屋に行くこともあった。そのうち、その店では周りもなんとなく夫婦ではないことが知られていったが、それでも誰も何も言わなかった。店主もいつも明るく迎えてくれた。
「ときには私の自宅に遅くまでいることもありました。でも夜が明ける前には必ず帰っていった。家庭を大事にしている彼を私は受け入れていたので、なんとも思わず『またね』と言っていました」
こんな生活がずっと続くと思っていたのだ。
関心が薄れて気づく「無駄だった」
1年前、彼はいったん定年を迎えた。そしてそのままあと5年は嘱託社員として勤めることになった。「ただ、コロナ禍で彼の仕事はほとんどリモートになりました。定年間際もそうだったんだけど、彼は出社すると偽ってうちに来ていた。でも嘱託になってからは、役職も失って彼自身、どうもやる気が出ないと言い出して。しかも給料が安くなったから、お小遣いもあまりないらしくて。定年になったということは、『お役御免ということなんだよなあ。もうオレは存在しなくていいっていうことなんだよ』と落ち込んでいました。なんとか気力を取り戻してほしいと思ったけど、前のような闊達な彼には戻ってくれなかった」
それと同時に彼女への関心が薄れていくのも実感した。以前だったら仕事に役立つような記事や資料をすぐに送ってくれたり教えてくれたりしたのに、彼女のためにそうすることも激減した。仕事にもナツコさんにも情熱が持てなくなっていったのだろう。
「心配していたんですが、やはり病気だったんです。どうも調子が悪いと病院に行ったら、心臓疾患が見つかった。今年になって入院、手術をして今もリハビリ中です。手術したあとは連絡をくれたんですが、しばらくリハビリするからと言ってからは連絡が途絶えています」
会えないうちにナツコさんの情熱も鎮まっていった。特に定年後の彼の様子を思い返すと「彼は私のことが好きだったわけではないんじゃないか」という思いがぬぐえないという。
「仕事の合間のストレス発散。私はその程度の存在だったのかもしれません。そう考えたら、この19年がなんだか無駄だったなと思うようになってしまって。別に結婚したかったわけではないけど、他の人と恋するチャンスもあったかもしれない。もうじき50歳ですよ。何やっていたんだろう。私自身が更年期にさしかかっていることもあって、どこにもぶつけようのないイライラやモヤモヤが募っていきますね」
たとえ不倫の関係であっても、ずっと付き合い続けたい。そう思っていても、ナツコさんのように相手が病気になったり、定年後に気力を失ったりするケースは多々あるだろう。環境が変わってもつきあいが続くかどうかはわからない。だからといって、彼女が言うようにもっと若い時期に別れていれば、よりよい恋に出会えたかというとそれもわからない。経験しなかったことに思いがいくのはしかたがないが、人生はすべて経過であり、間違いだったと判断はできない。
「さてこれからどうするか。50歳からひとりになって、彼とはたまに会う茶飲み友だちになるのか、あるいは二度と会わずにひとりきりで生きていくのか。二択じゃないとは思うんですが、私もそろそろきっぱりさせたほうがいいのかなとも思うんですよね」
とはいえ歯切れは悪い。彼への思いが断ち切れたわけではないのだろう。後悔しないように生きてきたはずなのにと彼女はつぶやく。それでも後悔してしまうのが人生なのかもしれない。