出がけのチューを嫌がる妻
「新婚当初から出かけるときは、軽いキスをするのが日課だったんです。だけど最近、妻は『ほら、もういいからさっさと行って』と言うようになった。だからといって冷たくなったわけじゃないんです。前から作ってくれているお弁当も変わりないし、けっこう会話もあると思う。だからこそ、どうして朝のチューが拒絶されるようになったのかわからなくて……」暗い表情でそう言うリョウタさん(39歳)。3年つきあって結婚した妻との間には5歳と3歳の子がいる。妻は時短で働いているため、フレックス勤務のリョウタさんは早めに出社して定時で切り上げて家事育児を分担している。
「うまくいっていると思っています。完全に平等に分担しているとは言い切れないけど、家事をもっとやってと妻に言われたことはない。嫌われているとも思えない。なのに朝のスキンシップを嫌がるのはどうしてなのか、けっこう悩みました」
知らず知らずのうちに妻を傷つけたのではないか、嫌がることをしたのではないか。さんざん考えたがわからない。
「だから先日、朝、嫌がる妻に無理矢理チューしたんです。そうしたらため息をついて、『もう、こういうことは嫌なの』と。落ち込みました。その日は1日中、なんだか仕事に身が入らなかった。その夜、妻にどういうことなのか聞いたら、『言葉通りよ。朝からチューしなくちゃいけないと思うと、重い気分になるのよ』って。お互いに忙しいから、夜の生活だって激減していました。そしてその日を境に、まったく誘えなくなった。朝の軽いキスさえ嫌がるんだから、もうダメだな、と」
それから2カ月ほどがたつが、妻の様子は変わりない。心なしか以前より生き生きしているようにも見える。機嫌よく職場の話をすることも前より増えた気がするとリョウタさんは言う。妻はいったい何を考えているのか。あるいは単に「スキンシップをしなくなって気が楽になっただけ」なのだろうかとリョウタさんは考え続けている。
夫に抱きしめられたいだけなのに
妻が苦しんでいるケースもある。結婚して10年たつマイさん(41歳)だ。やはり共働きをしながら9歳のひとり息子を育てている。「4歳年上の夫は、コロナ禍でほとんどリモートワーク。週に1回出社するくらいですね。子どもが帰宅しても夫がいるから助かっています。私はエッセンシャルワーカーなので、いつも通り出勤しています。ただ、ふたりともストレスを抱えるようになった気がしますね」
夫は家にこもって誰とも世間話をしなくなったことによるストレス、マイさんはコロナ禍の中、外に出ることで感染して家族にうつすのではないかというストレスがある。
「夫だけが子どもと長い時間接しているので、ちょっと羨ましいと思う面もありますね」
職場では退職する人も相次ぎ、人間関係がギクシャクすることも以前より増えた。そんなとき、弱音を吐いて夫に抱きしめられたいと思う。
「ところがこの生活になってから、夫とはほとんどスキンシップできなくなりました。夫が嫌がるんです。抱きしめてくれるだけでいいのに……。代わりに息子に抱きしめてもらおうとしても、9歳の男の子は逃げまくります(笑)。息子はしかたないですけどね」
人の気持ちは人肌で癒やされることがある。疲れたとき、愛する家族に抱きしめられたいと思うのは、それほど珍しいことでもないだろう。
「さみしいですよね。夫はコロナ禍にかこつけているけど、もともとあまりスキンシップが好きなわけでもないようです。手を握ったりハグしたりすることを私はとても重要だと思うけど。今さらながら、そういう感覚が違うんだなと感じます」
それがすぐに夫婦仲に影響するわけではないが、ときどきマイさんは言い知れない孤独感を覚えるとつぶやいた。
「身体の周りが薄ら寒いような気持ちになります。ぎゅっと誰かに抱きしめられたい。息子がほしがっていることもあって、保護犬を迎え入れようかと相談しているんです。こうなったら犬に希望を託すしかないのかもしれません」
ペットが夫婦関係に一役買ってくれる可能性はありそうだ。スキンシップにどれだけ比重を置くかは人それぞれ。ギクシャクしないよう、話し合ったり妥協案を探ったりする必要があるのかもしれない。