大事な友人だと思ったから
サエコさん(43歳)には、子どもが保育園時代から親しくしているママ友・マヤさんがいる。「1つ年下のマヤは私をとても慕ってくれていました。子どもが別々の小学校に入ってからも、マヤとだけは仲良くしていたんです」
ところが1年前、マヤさんがひっそりとサエコさんに打ち明けた。「私、実はつきあっている人がいるんだ」と。
「驚きました。マヤはずっとフルタイムで働いているけど、ダンナさんともすごく仲良しだし、いつも一家4人で出かけたりしていたから。でも『学生時代につきあっていた元カレにばったり会っちゃったのよ。就職してお互いに環境が変わって自然消滅したんだけど、私はずっと彼が好きだった。悩んだけど止められなかったの』って。いやあ、それはまずいよ、あなたには愛する家族がいるんでしょうと言ったんですが、『家族愛と恋愛は違うよ』と真顔で言われて。内緒にしてねと頼まれて、もちろんそうするつもりだったけど、なんとか彼女の不倫をやめさせなければと思うようになりました」
マヤさんが不幸な道を一目散に走っている。サエコさんはそう感じたのだという。だからことあるごとに「やめなよ」「もう別れた?」「家族が大事だよ」と言い続けた。
「マヤはそれがうっとうしかったんでしょうね。『一度、彼に会ってくれない? 彼に会えばわかってもらえるから』と言い出したんです」
不倫=泥沼=離婚=不幸という図式が頭の中で渦巻いていたサエコさんは、マヤさんの彼を説得しようと思い、会うことを了解した。
彼が友人を連れてきて
ある祝日の前の晩、サエコさんは早く帰れると言う夫に子どもたちの夕食を託し、仕事を定時で切り上げてマヤさんと待ち合わせた居酒屋個室へと向かった。「通された部屋には、マヤと彼が並んでいました。私が向かいに座ると、ドタバタと駆け込んできた男性がいたんです。『この人は彼の友だちなの。どうせなら証人になってもらおうと思って』とマヤ。私はマヤも真剣に考えているんだなと思ってしまった」
サエコさんは必死にマヤさんと恋人に「別れるよう考えて」と訴えた。家族を裏切るのはよくない、子どもたちがかわいいでしょう、と。
すると、黙って聞いていたマヤさんの彼の友人であるケンジさんが、「ここにいる4人、みんな既婚だと聞いているけど、家庭は家庭で大事、でも恋愛したいという思いはあると思うんだよね」と言い出した。
「なんだコイツと思いました(笑)。友人なら、大事に至る前に友だちを救えよ、と。私はさらに熱くなって、不倫なんていけないと正論をぶちかました。だけどケンジが、いちいち反論してくるんですよ。負けるもんかと思って議論を戦わせました」
2時間ほどたって場は解散となった。割り勘でケンジさんが会計をしている間、マヤさんと恋人は消えていた。結局、ふたりには自分の言葉がまったく響かなかったのかと思うと、サエコさんは無力感にさいなまれたという。
「そんな私を見て、ケンジが一軒だけ軽くいこうと言い出して。彼との論争はまったく終わっていなかったので、彼の知っているバーに行って、またも議論になりました。彼は『あのふたりだってそんなにバカなことはしないよ。大人なんだから信じてあげることも必要なんじゃないの、大事な友だちなら』というから、『大事な友だちだからこそ、泥沼になる前に救い出したいのよ』と言い張ったんです。どこまで行っても平行線なんだけど、そのうちこんなに言いたいことを言い合っても不快にならない人っているんだなとおもしろくなってきました」
ケンジさんのほうも、「あなたはおもしろい人だね」と言った。ふだんから、まじめで正義感が強いと言われているサエコさんは、「おもしろい人」と言われたのは初めてだった。その評価もなぜかうれしかったのを覚えている。
「結局、私とケンジ、その後もふたりで会っては話すようになったんです。そして2ヶ月くらいたったとき、『どうしてもあなたをもっと深く知りたい』と言われて……。ああ、私も不倫をしていると後ろ指をさされるかもしれないと怖くなったのは、彼と関係を持ってしばらくたってからでした」
もちろん、その件はマヤさんには秘密だ。ケンジさんも誰にも言うわけがないと約束してくれた。だが、恋をすると知らず知らずのうちにたたずまいが変わるのだろうか。
「マヤから、『なんか雰囲気が変わった』と言われてドキッとしました。もしかしたらマヤは最初から私とケンジが合うと思っていたのかもしれない。そうだとしたら、ミイラ取りがミイラになったようなもの。なんかモヤモヤする。でもケンジに会えたことで、私の視野が広がったのは確かですね」
ケンジさんに会えてよかった、たとえこの恋が終わってもまた友だちに戻れるような相手だと思うとサエコさんは言う。もしかしたらマヤと恋人も、そんな関係なのかもしれないと感じたとき、「自分の正義の狭さに気づいた」そうだ。恋は善悪だけでは語れない。