自分で決めたい私と、相談して決めたい彼
「結婚の話も出ていた彼と別れました。つきあって3年。なんだかこの先が見えてきて、つまらなくなってしまったんですよね」苦笑しながらそう言うのは、カナさん(34歳)だ。つきあった当初から結婚を意識していたのだが、2年ほどたってカナさんが転職したころから、彼との間がギクシャクしはじめた。
「彼はそもそも転職には反対でした。でもどうして彼が私の転職に反対するのかがわからなかった。私の人生ですからね、私がどういう仕事につくかは私の判断のはず。そう言ったら『オレは転職するとしたら、まずカナに相談するよ』と。私は相談されても困るなあ、それは自分で決めたらって答える。そう言ったら『冷たいんだね』って」
カナさんは「私と彼」という視点でものを考え、彼は「オレたち」という視点でしか考えられないのだ。だから齟齬が起こる。
転職後、カナさんの仕事はコロナ禍でありながら多忙だった。忙しくて昼食を取り損なうのはしょっちゅう、週に1日も休めないこともあった。
「体力勝負でがんばりました。でも彼は、それは労基法に違反しているとかなんとかうるさいんですよ。そんなことはわかってる。だけど今しなければいけないことってある。それを理解しようとしないんです」
無理してもやらなければならないことは確かにある。もちろん、そのための補償はされなければならないが、カナさんの場合、きちんとそこは対価をもらっていたし、その後、長期間の休みももらった。
「繁忙期とそうでない時期に差がある職場なんです。それは承知していたから、私にとっては問題ない。10日間の連続休暇をもらったときは、ちょうど緊急事態も外れていたので、北海道をバイクで走ってきました」
女性が中型バイクに乗るなんて危険だと彼は不満そうだった。
彼の「愛」は何かが重い
彼が心配してくれるのはありがたいと思っていたとカナさんは言う。「正直に言えば、ありがたいと思わなければいけないと自分に言い聞かせていました。本当はうっとうしかった(笑)。でも、そんなふうに思ったらいけない。だって他人ですから。私を心配してくれる他人がいるなんて、ありがたいことだと思わなくちゃって」
その気持ちがだんだん重くなっていった。彼のことは好きなのだ。この人と一緒に人生を歩んでいきたいと思ってはいる。それなのに、何かが重い。それが彼女のストレスになっていった。
「この夏、私は久々に旅行をしたんです。彼に確認したら、『今、旅行できるような状況じゃないでしょ。感染者が多いのに』と。だからひとりで旅行の計画を立てた。もともと夏休みを取れる時期も重ならなかったので。いざ行ってくるねと言ったら、彼がすごく不愉快そうだったんです。私はひとり旅だし、バイクだから密は避けることができる。旅先で友人には会うけど大勢で食事するつもりもない。そう言ったら『帰ってきて感染していたら、どうするつもりなんだ』と。こっちにいて仕事をしていても感染するときはしますよね。でも彼は旅先で感染すると決めつけるわけです。もう耐えられなかった」
旅先から彼に別れの手紙を送った。彼は何度もメッセージを送ってきたが、彼女は反応しなかった。
「帰ってきてから、彼が感染して自宅療養していると知りました。ほらねと思ったけど、もちろんそれは言わなかった。彼のマンションのドアノブに食料品をかけておきました。すると彼は『どうして顔を見せてくれないの』って。もう、この人は何もわかってないなと思いました。ただの甘ちゃんだったのかも、別れて正解って」
彼はいまだ療養中なので、きちんと話し合えていないが、彼女はもう彼に会うつもりはないという。
「今も彼のことは嫌いじゃない。でも彼の優しさが、人生のどこかで私の脚を引っ張るような気がしてならないんです。もういい、自由になる、と叫びたい気持ちです(笑)」
誰にとっても自分の選択と判断で、自由に生きていく権利がある。他人からは「それは束縛でも何でもない。恋人なら彼の反応は当たり前」だと言われるかもしれない。
「共通の友人たちが知ったら、怒る人もいそうです。でもしかたないですよね。私が決めたことだから。転職したころから、仕事の環境を変えたのだから、プライベートも変えたいと心の奥では思っていた。引っ越して彼とも別れてリセットしたいな、と。嫌いじゃないけど別れたい。そんなこともあるんですよね」
彼女にとって人生のリセット時期が今なのだ。もちろん彼と完璧にうまくいっていればそうはならなかったかもしれない。大人の男女は「好き嫌い」だけで決められないところがある。そして、何もかも変えて出直したい時期が人間にはあるのではないだろうか。