食生活・栄養知識

縁起担ぎ・験担ぎ…日本の言霊信仰が見られる食べ物の名前と言い換え例

【大学教授が解説】するめを「あたりめ」、刺身を「お造り」、ふぐを「ふく」と言い換えるのは、日本の忌み言葉や言霊信仰が背景にある縁起担ぎです。現代でも「カツ(勝つ)丼」「伊予柑(いい予感)」、市販のチョコレート製品など、食べ物の名前で験担ぎを楽しむ例が見られます。食の楽しみを広げる豆知識をご紹介します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

「するめ・あたりめ」以外にも? 縁起を担いで変えられた食べ物の名前

試合前にカツ

勝負前に「カツ(勝つ)」を食べるなど、現代でも食べ物の名前に絡めた験担ぎが見られます

「するめ」という言葉は「する」という語が、賭け事でお金を無くす意味の「する(擦る)」や、財布やお金を盗む意味の「する(掏る)」を想起させるので縁起が悪いという考えから、「する」を縁起の良い「当たり」に変えて呼ぶようになったのが「あたりめ」です。

前記事「するめ・あたりめ・さきいかの違い」で詳しく解説しましたが、同じように、縁起を担いで名前を言い換えるようになった食品は他にもたくさんあります。食の楽しみが広がる豆知識として、いくつかご紹介しましょう。
 

刺身は「お造り」、鏡割りは「鏡開き」……忌み言葉を避けた言い換え

おめでたい席やお正月の「お造り」や「鏡開き」は、すでになじみのある言葉なので、あまり深く考えたことがないかもしれませんね。しかしよく考えてみると、なぜ「造る」「開く」なのでしょうか。

「お造り」の元は、「切り身」や「刺身」です。「切る」「刺す」いう言葉は何となく物騒で、死を連想するような言葉ですから、やはり縁起が良くないと考えられます。そこで、「包丁を使って造作したもの」という意味で「お造り」と言い換えたものと思われます。

「鏡開き」の元は、「鏡割り」ですが、これは実は2つの別の行事を指しています。1つは、正月に年神様に供えた鏡餅を雑煮や汁粉にして食べ、一家の円満を願う行事。このとき、鏡餅を刃物で切るのは切腹を連想させるのと、神霊が刃物を嫌うという2つの理由で、鏡餅は小槌や手で割るのが一般的です。なので、「鏡切り」ではなく実際に行っているのは「鏡割り」です。しかし、「割る」という言葉は縁起が悪いと思われるので、末広がりでおめでたいイメージの「開く」が代わりに用いられ、「鏡開き」と呼ばれるようになったようです。

もう1つは、祝宴などで酒樽の蓋を木槌で割って開ける風習。酒樽の上蓋を「鏡(鏡板)」にみたて、これを割るので「鏡割り」ですが、やはり「割る」は縁起が悪いので、「鏡開き」と言われることが多いです。ただこちらの場合は、実際に蓋を開けるので、最初から「鏡開き」でも通りますね。
 

「ふぐ」を「ふく」、「梨」を「ありの実」と言い換えることも

高級魚の代表とされる「フグ」ですが、時に「ふく」と言い換えられます。これも語感の縁起を配慮しているためです。「フグ」は、才能があるにも関わらず運に見放された状態である「不遇」を連想するという考えもあるようで、濁点をとった「ふく」に言い換え、おめでたい「福」のイメージを強めて言い換えることがあります。

また、果物の「梨」が「ありの実」と言い換えられることもあります。言うまでもなく、縁起の悪い「無し」を、縁起のいい「有り」に変えたのです。
 

言葉の縁起担ぎは調理用具にも……「すり鉢」「すりこぎ」の言い換え例

縁起を担いで名称を変えることがあるのは、食品だけではありません。調理用具でも同じような言い換えがあります。

ゴマや山芋をするために使う「すり鉢」や「すりこぎ」は一般的な調理用具ですが、「するめ」と同じく、「する」が入っているので縁起が悪いと考える方もいるようです。この場合も、「する」を「当たり」に変えて言うことがあります。あまり耳慣れないかもしれませんが、「当(た)り鉢」「当(た)り棒」「当(た)り木」という呼び方が実際にあり、それらの名称で商品が並んでいることもあります。ここからさらに派生して、ゴマなどの食材をすり鉢ですりつぶすことを「あたる」と表現する例も見られます。すりつぶしたゴマのことを「あたったゴマ」と言うこともあるのは、そのためです。
 

忌み言葉・言霊信仰と食品名……神経質になりすぎず、食の楽しみ方の一つに

縁起が悪いので、忌みはばかって使うのを差し控えるべき言葉を、一般に「忌み言葉」と言います。要するにNGワードのことで、現代でも特に冠婚葬祭の場では注意が必要と考えられています。

たとえば、おめでたい結婚式で、「終わる」「消える」「切る」などの不吉を連想させる言葉を使うのは、場にふさわしくないので控えるべきとされているのは、多くの方がご存じでしょう。同様に、葬儀の場で「再三」「次々」「益々」などの「重ね言葉」を使うと不幸が繰り返されることが連想されるため、避けるべきとされます。

今回紹介した食べ物の名前の言い換えも、「忌み言葉」と同じ思想に基づいていると思われます。

日本には古来から「言葉には言霊(ことだま)が宿っている」という考え、すなわち「言霊信仰(ことだましんこう)」の風習があり、言葉に宿る不思議な力によって、実際にその言葉通りの事が起こると信じられてきました。そのため、不吉を連想する言葉に敏感な方も多いです。

しかしだからと言って、食べ物の名前に関して「刺身」とか「ふぐ」と言うのを避けて気を使ったり、おめでたい席にふぐと言ったなど目くじらを立てるような必要もないでしょう。現代においては、「こんな言い換えもできるよ」という遊び心で楽しむのがいいのではないでしょうか。

スポーツの試合や受験に臨むお子さんに、「カツ(勝つ)丼」「伊予柑(いい予感)」「ウインナー(winner)」、また、受験シーズンになるとたくさん出てくる市販のチョコレート製品などをあげて、験(げん)を担ぐというのも、日本語ならではの食の楽しみ方と言えそうです。
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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