星野リゾートが大阪に初出店
新今宮界隈の大阪市西成区あいりん地区(別名・釜ヶ崎)は、労働者の街として知られ、1960年代から2000年代の半ばにかけて、日雇い労働者による暴動がたびたび発生し、「西成暴動」として全国にその名をとどろかせた。若い頃、筆者は怖い物見たさで、この街を歩いたことがある。今回、OMO7大阪の取材のために久しぶりに新今宮駅に降り立つと、駅周辺の雰囲気が、あの頃とはずい分変わったなと感じた。昼間から酒に酔って歩道に寝そべっているおっちゃんたちは今もいるが、明らかに街の空気が違うのだ。
じつは、コロナ以前、この辺りは多くの外国人旅行者が訪れていた。新今宮駅はJR線、南海電鉄、阪堺電気軌道、地下鉄(地下鉄の駅名は「動物園前」)の各線が乗り入れ、関西空港からのアクセスも便利だ。徒歩数分の場所に通天閣や、大阪のディープな下町商店街「新世界」があり、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)も電車で20分ほどの距離に位置する。さらに、労働者向けの安価な簡易宿泊所もたくさんある。
こうした条件がインバウンドを引きつけ、街の「浄化」が進んだのである。そして、この春のOMO7大阪の開業が、新今宮の印象を決定的に変えたともいえる。
駅前に広がるグリーン
さて、JR新今宮駅のホームに降り立つと、鮮やかなグリーンが目に飛び込んでくる。OMO7大阪のガーデンエリア「みやぐりん」の広大な芝生(広さ約7600平米)である。芝生に置かれたチェアやテーブルでくつろぐ人々の向こうには、遮光用の外装膜が張り巡らされた、やや不思議な外観の客室棟があり、駅ホームとほぼ同じレベル(高さ)の客室棟2階にあるカフェや休憩スペースで、のんびりとくつろぐ人々の様子も見える。
夜になれば、ネオンアートで彩られた「みやぐりん」で地ビールやたこ焼きを楽しむイベントが行われている様子や、客室棟の外装膜に映し出されるLED照明による花火が打ち上げられるのも見られる。
従来、新今宮駅は周辺の治安の悪さから、なにわっ子でさえ「降りてはいけない」と親から言われてきたような駅だった。それが、ワクワクするような景色を見せることで、「新今宮、なんだか変わったな」「こんなに楽しそうな場所だったっけ?」「ちょっと立ち寄ってみようかな」と思ってもらえるようになった。
「駅ホームを行き交う人々や電車の車窓から、私たちのホテルをどのような風景として見ていただけるかという点は、設計にあたって、非常に意識した部分です」とOMO7大阪総支配人の中村友樹さんは話す。実際、開業後3カ月の宿泊データを見ると、「近畿圏からのお客様が7~8割を占め、中でも地元・大阪のお客様が非常に多い」(中村さん)という。
なにわラグジュアリー
OMO7大阪は、どのようなホテルなのか。コンセプトは、“なにわラグジュアリー”だという。ラグジュアリーホテルでありながら、「笑い」や「おせっかい文化」に代表される大阪らしさも採り入れたサービスを展開するというのだ。しかし、ラグジュアリーと「笑い」や「おせっかい文化」というのは、一見すると相反する要素である。これらを矛盾することなく、どのように実現させるのか。この点について、総支配人の中村さんは以下のように話す。
「私たちが考えるラグジュアリーは、一般的な意味におけるラグジュアリーとは、意味合いが異なります。ご滞在中に体験していただくアクティビティーをはじめとするサービスの上質さや、本質的な体験によって時間的充実を得ていただくことを突き詰める方向を目指しています。そして、この体験の部分に大阪の良さを採り入れ、場合によっては、大阪の方々もご存じないような大阪の魅力をご紹介できればと思っています」
OMO7大阪で体験できるアクティビティー
OMO7大阪では、どのような体験ができるのだろうか。筆者はOMO7大阪に2泊し、さまざまなアクティビティーやサービスを体験した。ホテルに到着し、最初に参加したのが、ツアーアクティビティー「ほないこか、ツウな新世界さんぽ」である。このツアーは、大阪のディープな香り漂う「新世界」の入門編といったところだ。 通天閣を中心に広がる新世界を、OMOレンジャーと呼ばれる案内役(OMO7大阪スタッフ)とともにぐるっと一周し、個性的なバーの店主や、「ザ・大阪のおばちゃん」ともいえるヒョウ柄の服飾専門店の店主などにも会いに行く。店主たちと、いきなり話の花が咲くこともあり、これによって、ツアー参加者と大阪との距離がぐっと縮まるのだ。
筆者が最も面白いと感じたのが、「めっちゃ串カツどっぷりツアー」だ。串カツといえば、たこ焼きなどと並ぶ大阪の名物である。新世界を訪れる観光客の多くが、串カツを食べると思うし、全国展開しているチェーン店もあるので、大阪を訪れたことがなくても串カツに馴染みのあるという人は多いだろう。「ソースの二度漬け禁止」ルールなどは、テレビなどでも紹介され、多くの人が知っているのではないか。
この串カツツアーに参加する意義は何かといえば、おそらく一般の観光客が訪れない、地元の人が集うような串カツ専門店に案内してもらえるということにある。具体的には、OMOレンジャーが自分の舌で確かめた、オススメの串カツ専門店を3軒ハシゴして、様々な串カツを堪能することができる。
一口に串カツといっても、店によって様々なものが提供されている。胃がもたれないように衣を薄くし、何本でも食べられるようにしている店もあれば、バームクーヘンを揚げた「バームクーヘン串」、カレーとご飯を揚げた「カツカレー串」、さらには大ぶりの皇帝エビを丸ごと使った串など、あっと驚くような串カツを提供する店もある。 ソースの配合も店によってさまざまだし、店の雰囲気も、カウンター数席のみの店もあれば、昔の将棋クラブを改装した昭和の雰囲気漂う店もある。もちろん、有名店や大型店の串カツが悪いというわけではないが、こうした地元の人が夜な夜な集う店を訪れ、ナマの大阪を味わうことができるのは、旅の想い出としてのインパクトが、とても大きい。
少し早起きになるが、朝の市場を訪れるツアーもある。商売繁盛の神様「えべっさん」として知られる今宮戎(えびす)神社からほど近い、大阪木津卸売市場(以下、木津市場)は、300年の歴史を誇る“大阪の台所”だ。
水産、精肉、青果、乾物などの専門店をはじめ、飲食店や、業務用スーパー、さらに市場関係者の疲れを癒やすスーパー銭湯までもがある市場内をめぐりながら、OMOレンジャーの説明で、大阪が誇る「だし文化」について学ぶ。 このように書くと、かしこまった講座のように思われるかもしれないが、ツアー中、OMOレンジャーからは、「ホルモンの語源は、じつは、放るもん(捨てるもの)という大阪弁なんですよ」「お好み焼きの肉の厚さは、どこのお店に行っても2mmサイズ。その理由は……」といった興味深いうんちく話も飛び出し、飽きることがない。
知られざる大阪の魅力とは?
このように、ホテルの一歩外に出ると、ホンモノの大阪がそこにある。逆に考えると、ホテル内で大阪らしさを表現するのは、とても難しいのではないか。その疑問を、総支配人の中村さんにぶつけてみた。「ご指摘のとおり、その部分には私たちも頭を悩ませました。新世界で提供されているたこ焼きや串カツをそのまま、館内で提供しても意味がありません。そこで、私たちは、あまり知られていない大阪の魅力や、知ってはいるけれども、足を運んで体験する機会が、なかなかないようなものを探し出して、ご紹介することにしました」
その一例が、たこ焼きの元祖ともいわれる会津屋のたこ焼きである。会津屋のたこ焼きは、一般的なたこ焼きよりも小ぶりで、青のりやソースもかかっていない。昭和のはじめに会津屋の初代が、スジ肉を具材に入れたラヂオ焼きというものを開発し、これが前身となって生まれたのが、会津屋のたこ焼きだという。このラヂオ焼きやたこ焼きは、夜に「みやぐりん」で開催されるイベント「PIKAPIKA NIGHT(ぴかぴか ないと)」で提供されており、地元・西成の地ビールとともに楽しむことができる。 また、館内のメインダイニングでは、大阪の食文化に独自のアレンジを加えたディナーコースなどが提供されている。箱寿司や船場汁など大阪の郷土料理を、フランス料理をベースにアレンジした「Naniwa Neo Classic」は、見た目も美しい。ややアレンジを加えすぎて「大阪の食文化の基本を離れているのではないか」といった意見もあるかもしれないが、発想を変え、「なにわ風フレンチ」だと思って食べれば申し分ない。 総支配人の中村さんは「なにわラグジュアリーをどのように完成させていくかは、まだまだ課題が多い」と話すが、逆にいえば、これからの進化が楽しみということでもある。
2025年には大阪万博が開催される予定であり、コロナ禍が落ち着けば、インバウンド客も大挙して訪れるだろう。今後、OMO7大阪で、どのような“大阪らしい”おもてなしがなされていくのか、さらには、それが外国人客にどのように伝わるのかといったところは興味深いし、大いに期待したいところである。
OMO7大阪 by 星野リゾート
所在地:大阪市浪速区恵美須西3丁目16−30
宿泊料金(税込・夕朝食付):
いどばたスイート 1泊1室10万9200円~
ツインルーム 1泊1室6万1000円~
アクセス:JR・南海電鉄ほか「新今宮駅」目の前、大阪地下鉄御堂筋線・堺筋線「動物園前駅」から徒歩3分