不思議な「正論」としか思えない
「羽生選手のこれまでの功績はすごいと思います。ただ、今回は競技から引退、プロに転向するという話でいいんじゃないかなと思いました。なぜ、あれほど“引退ではない”ことにこだわるのかよくわからなかった(苦笑)」そう言うのはユキノさん(34歳)だ。彼女は羽生選手の話から、かつて職場にいた先輩を思い出したという。
「私より7歳くらい年上の男性でしたが、自分のミスがあったとき認めようとしないんです。誰がどう考えても彼のミス。でも『自分はこう考えた。だからこう行動した。それはミスではなく見解の違いである』と主張するわけです。私たち後輩はみんな『謎の正論』と呼んでいました。彼にとっては正義かもしれない、でも他の人には理解ができない。その男性、独特の価値観やこだわりをもっていました。むずかしい仕事にはチャレンジして成功するけど、妙な凡ミスをすることがたまにあって。結局、その言い訳が通らなくなって組織には向かないと周りが思うようになっていきました」
数年前、彼は退職し、今は起業しているという。自分に合った仕事だけを請け負うなら、「できる仕事人」なのだそう。
こういった「謎の正論」は、誰かに押し付けたりしない限り、それほど大迷惑とはいえないのかもしれないが、仕事上は周囲を困らせる可能性がある。
ママ友の「謎の正義」とは
子どもを通じての人間関係である「ママ友」。ママ本人の個性がきわだつと、周りはどうしても引いてしまう傾向がある。アイコさん(40歳)はかつて関わった保育園でのママ友のことを話してくれた。
「いましたね、そういう人が。いい人なんですよ、それはわかっているんだけど、親しくなって自分の話をすると、『私、いろんな会社からヘッドハンティングされてるのよ』と妙な苦笑いをしながら語りだすんです。どうしたのと聞かざるを得ないでしょ。聞くと、『私は今の会社に恩義があるから、身を粉にして働いているわけ。給料を2倍出すと言われたけど断ったら、あなたの才能がもったいないと言われてしまって』と自慢話が続くんです。
単なる自慢話ならそれで終わりなんですが、彼女の場合は、そこから人生訓みたいなものを作り上げていく。『人生というのは、やはりお金だけでは成り立たないと思う。人間と人間がいかに理解しあうか、いかに心を通い合わせるか、そこがもっとも重要だと感じるのよ』と。その言葉に反対する理由は誰にもないので、謎の正義は通るわけです。そうすると彼女は『ごめんなさいね、私のような若輩で未熟者が何を言ってるのかしら』って……。たいして年齢は違わないから、そこで私たちにはモヤモヤが残る。間違ってはいないんだけどねー、いいこと言ってるんだけどねーという感じです」
間違ったことさえ言わなければ、高尚なことを言ってさえいれば、他人が評価してくれるわけではないようだ。
「自分には独特の感性があると言わんばかりの口調だったり、基本的には謙虚でいたいけど、これだけは言わざるを得ないのといった雰囲気だったり……。そういうのがモヤるのかもしれません。まあ、感覚というのは人によって違うので、すごいわあ、ああなりたいわと、彼女を信奉している人もいましたけどね」
冒頭の羽生選手の件も同様なのだろう。彼に心酔する人が多い一方で、「なんだかモヤモヤする」人もいるのだ。もちろん、いろいろな人がいるのが世の中だから、「おもしろいなあ」と思ってみている人もいる。
モヤモヤさせてくれる人がいると、自分が何に反応するのか、自分はどうありたいのかが見えてくるのかもしれない。