大麻(マリファナ)の有効成分
植物化学により大麻の有効成分についての研究が進められてきました
これまでの「大麻取締法」(昭和23年法律第124号)では、「大麻」をこう定義していました。
なお、2023年12月6日に大麻取締法を改正する法案が国会で可決・成立し、2024年12月12日から実際に施行されました。これにより、大麻取締法は「大麻草の栽培の規制に関する法律」(昭和23年7月10日法律第124号)に変わり、その新しい法律の中では、「大麻」が次のように定義されました。大麻草(カンナビス・サティバ・エル)及びその製品をいう。ただし、大麻草の成熟した茎及びその製品(樹脂を除く。)並びに大麻草の種子及びその製品を除く。
大麻草(その種子及び成熟した茎を除く。)及びその製品(大麻草としての形状を有しないものを除く。)をいう。
「大麻」という言葉にはいろいろな意味があります。本記事中では、植物としての「大麻」と、薬物としての「大麻」を扱いますが、非常に紛らわしいので、前者をさすときは「大麻草」、後者をさすときは「マリファナ」という言葉を使わせていただくことをご了解ください。
さて、マリファナは、精神作用があるために乱用が懸念されています。多くの化合物が混ざって入っていますが、その中で実際に薬効を示す成分は何でしょうか。
19世紀になって、植物化学が飛躍的に発展し、様々な薬用植物に含まれる有効成分が単離されました。例えばモルヒネ、コカイン、ニコチン、メスカリンなどです。そして当然のようにマリファナに含まれる幻覚成分も研究されました。ところがだいたいの植物成分が水に溶けやすい「水溶性」だったのに対して、マリファナの成分は水に溶けにくく、なかなか単離できなかったのです。
19世紀中頃にようやく大きな進展がありました。英国エジンバラで製薬ビジネスを営んでいたスミス兄弟(T. Smith & H. Smith)が、無水アルコールでマリファナを処理して樹脂分(resin)を抽出することに成功し、活性本体は樹脂分に入っていると主張しました。これを受けて、19世紀の末には、ウッド、スピヴィー、イースターフィールドという3人のイギリス人化学者が、樹脂(チャラス)をアルコールとエーテルで分別蒸留して得た“red oil”中に、フェノール性物質が含まれることを見出しました。しかし、このとき彼らが得たものは、複数の成分が混在した不純物であり、活性成分の実体は依然不明のままでした。
マリファナの活性成分として見つかった多種多様な「カンナビノイド」
マリファナの活性成分の実体解明が進んだのは、1930年代に入ってからでした。1932年、英国の化学者Robert Cahnが、樹脂成分の化学構造を推定し、それはほぼ正解に近かったのですが、まだ不明な部分が残っていました。そしてその後、他の研究グループがより本格的な解明を進め、マリファナに含まれる単一成分が次々と分離されました。それらは「テトラヒドロカンナビノール(THC)」、「カンナビジオール(CBD)」、「カンナビノール(CBN)」と名付けられ、化学構造が明らかにされました。興味深いことに、いずれも炭素(C)、水素(H)、酸素(O)だけから成る物質で、窒素(N)をまったく含んでいませんでした。多くの植物成分には窒素原子が入っていて、塩基性(アルカリ性)を示すことから「アルカロイド」と総称されますが、マリファナの成分はアルカロイドではなかったのです。そこで、マリファナに含まれる特有の化合物群を、「カンナビノイド」と総称するようになりました。THC、CBD、CBNと同じように、ペンチル側鎖(C5H11)を有するカンナビノイドとして、カンナビクロメン、カンナビゲロール、カンナビシクロール、カンナビリプソール、カンナビシトランなども発見されています。
さらには、プロピル側鎖(C3H7)をもった、テトラヒドロカンナビバリン、カンナビジバリン、カンナビバリン、カンナビククロメバリンなども発見されました。現在までに報告されたカンナビノイドの中には、必ずしも大麻草が作り出したものではなく、単離・精製の過程で人工的に生成したと思われるものもありますが、それらをすべて含めると、実に100種類を超えています。
たくさん発見されたカンナビノイドのうち、どれが幻覚作用を生じる成分なのかを解明するまでには紆余曲折がありました。
初期の研究では、大麻草から製した樹脂に幻覚作用があることを確認してから、その樹脂に含まれる成分を分析していましたが、検出されたのは主に「カンナビノール」でした。この結果を素直に解釈すれば、カンナビノールが幻覚作用を生じる成分のはずですがが、単離されたカンナビノールには、幻覚作用は確認できませんでした。カンナビノールは、幻覚成分本体ではなかったのです。
後でわかったことですが、大麻草自身はカンナビノールを作り出さず、刈り入れたばかりの新鮮な大麻草にカンナビノールはほとんど含まれていません。当時の技術では、分析に手間がかかったため、その間に本来の活性成分Xが壊れてカンナビノールになってしまい、活性成分Xを見つけることができなかったのです。
活性成分Xが「テトラヒドロカンナビノール(THC)」であることが分かったのは、実に偶然でした。
1940年ごろイギリス人化学者アレクサンダー・トッドの研究グループがカンナビノールの化学合成を試みているときに、中間体としてTHCを得ました。そして、THCの薬理作用を調べたところ、それまでに知られていたどのカンナビノイドよりも強い幻覚作用を示すことが判明しました。この時点では、あくまで人工的に作られたTHCという薬物が幻覚を生じるという知見にすぎませんでしたが、分離・精製技術の進歩により、1964年イスラエルのワイズマン研究所の化学者ラファエル・メコーラムらが、大麻草から製した樹脂中にTHCが含まれることを確認しました。また、マリファナが幻覚を生じる強さは製品によってまちまちですが、その後の研究で、THC含量が多い製品ほど幻覚作用が強いことも分かり、ようやく「マリファナの主たる幻覚成分はTHCである」という結論が得られました。
THCは、マリファナ成分の中で幻覚作用が最も強いですが、加工や保存などの過程で酸化されるとカンナビノール(CBN)に変化して、作用を失います。
他のカンナビノイドのうち、カンナビジオール(CBD)にも弱い精神作用が認められますが、THCに比べると弱いです。また、CBDとTHCが共存する場合には、CBDがTHCの作用を抑えるので、CBD含量の多いマリファナ製品ではTHCの幻覚作用が出にくくなることが知られています。
それ以外のカンナビノイドにはほとんど精神作用が認められていません。
マリファナの主成分THCは、実は大麻草体内には存在しないという驚くべき事実
こうして、マリファナの精神作用に関わる主たる成分がTHCであることは広く知られることとなりました。多くの成書でも、「大麻の主成分はTHC(テトラヒドロカンナビノール)である」と解説されています。しかし、「新鮮な大麻草中にTHCはほとんど存在しない」という事実を知っている人は極めて少ないでしょう。一見矛盾に思えるこの事実は、THCがどのようにして作られるかを理解する重要なポイントなので、丁寧に解説しておきましょう。
初期のカンナビノイド研究を行ったMechoulamらは、大麻草から採取した葉を乾燥させ長時間経ったものを材料にして調べた結果、幻覚成分であるTHCを発見しましたが、九州大学の正山教授らが新鮮な大麻草を用いて分析したところ、THCがほとんど存在しないことが明らかとなりました。
新鮮な大麻草に含まれていたのは、THCではなく、THCにカルボン酸(-COOH)がついた「テトラヒドロカンナビノール酸」(tetrahydrocannabinolic acid; THCA)という物質だったのです。THCAにも幻覚作用はありますが、THCに比べると100分の1程度の弱い活性しか示しません。ところが、大麻草から葉や花穂を採取した後、乾燥・貯蔵・加工しているうちに、光、熱、空気(酸素)によって化学変化が起こり、THCAから二酸化炭素(CO2)がとれて(この過程を「脱炭酸」という)、幻覚作用の強いTHCができることが分かったのです。
つまり、生きている大麻草自体には幻覚を生じるような作用はなく、人間が手を加えることによって幻覚成分を作り出していたのです。「喫煙」は、大麻草を燃やすことによって幻覚成分THCを製造しながら体に取り込むという行為に他なりません。
さらに調べると、THCだけでなく、マリファナに見出されたほとんどのカンナビノイドが、生きた大麻草の中ではカルボン酸体として存在し、人間が加工する過程で脱炭酸されて生じることが明らかとなりました。
大麻草は、危険な成分を生産する怖い植物だと思っている人が多いにちがいありませんが、それは大きな誤解で、大麻草そのものは何も悪くないのです。幻覚成分THCは、人間が自然に余計な手を加えて作り出した薬物の一種と捉えるべきものであり、悪いのは私たち人間なのです。
大麻草ならびにマリファナに関する知識を深めたい方は、是非私の著書『大麻大全』(武蔵野大学出版会)をあわせてお読みください。