「物を破壊」する妻
「うちの妻は怒鳴ったり騒いだりはしないんですが、怒ると物に当たるんです。今までずいぶん僕の持ち物は破壊されてきました」そう言うのはカズキさん(38歳)だ。4年前に結婚したマミさん(36歳)は、ふだんは穏やかでおっとりしているといってもいいタイプ。だが、日頃の不満やストレスをため込んでいるのか、ある日突然、暴れることがある。それも、きっかけは些細なこと。
「2歳の子がいるんですが、あるとき鼻水がちょっと固まっていたんです。それを拭きながら『鼻水、固まってたよ』となにげなく言ったら、『私がめんどう見てないってこと?』と。スイッチが入ったと思った瞬間、僕のスマホがテレビに投げつけられ、どちらも液晶がめちゃめちゃになりました」
今までもたびたび、そんなことがあったのだが、マミさんはすぐに泣いて謝るので、カズキさんは我慢してきた。ところが今回ばかりは身の危険すら感じたという。
「しかも子どもがケガしたら取り返しがつかない。泣いてすがりつく妻をはねのけて、子どもを抱いて近所に住む妻の実家に逃げ込みました。事情を話してうちに来てもらったんですが、さすがに義父母も驚いていましたね。妻はキッチンで包丁を取り出し、『私、死ぬから』と。義父が包丁を取り上げましたが、その後も妻は泣くばかりでした」
ストレスがあるなら話しなさいと、義母は強い口調で言った。マミさんは仕事と育児の両立ができない、それなのにカズキは帰宅してから子どものめんどうを見つつ、明日の朝食の準備もしてしまう。私を無能だと思っているんだとさめざめと泣いた。
「は?と、義父母も僕も目が点になりました。僕が家事も育児もやらないなら怒ってもいいけど、それなりにやっているし、自分でも手早いと思っています。それを嫉妬しているのか、僕がうまくやると自分の価値が下がると思っているのかわからないけど、ほとんど言いがかりみたいなものですよね。義父母も『何が言いたいの』と呆れていました」
完璧な主婦、完璧な母じゃない自分
義父母とカズキさんは3人がかりでマミさんの心のうちをじっくり聞いた。するとやはり、手早く家事をこなしていくカズキさんへの嫉妬があり、「カズキはいつか私を捨てて、他の女性に走るに違いない」という妄想にかられていることがわかった。「自分に自信がないと彼女は言っていました。僕だって自信があるわけじゃない。だから協力してやっていこうとしているのに。家事なんて、全部完璧にやらなくてもいいじゃないですか。優先順位をつけてこなしていけばいいだけ。その前に子どもが泣いたら、子どものめんどうを見る。時間をとられたら、家事は後回し。それでいいじゃんと言ったら、『あなたはなんでもそうやって簡単そうに言う』と怒られました」
ただ、義父母に打ち明けてオープンにしたことで、マミさんも少し楽になったようだった。完璧な主婦、完璧な母を実家では演じていたようだ。
「ふたりきりになったとき、妻が『私、褒められたかったんだ』とぽつりと言ったんです。僕はマミは両親と仲がいいと思っていたけど、マミは小さいころからあまり褒められたことがないと感じていて、それがトラウマのようになっていた。だから完璧を目指さないと、僕に捨てられると思ったようです」
僕はきみの親じゃない、僕たちは対等な関係だと、彼はマミさんに言い続けた。親子関係はマミさんと義父母に任せるしかないが、夫婦関係は僕たちふたりで作っていこうとも説得した。
「あれから半年たちますが、この間、マミは落ち着いています。以前は言わなかった職場での愚痴とか、自分の失敗話も言うようになった。僕が先日、子どもに食事をさせようとして手を滑らせてご飯を床にぶちまけてしまったんです。マミは声を上げて笑っていました。『あなたもそんな失敗するのね』と。子どもまでつられて笑っていましたね。それでいいんだよ、と思いました」
マミさんの固くなっていた心が溶けていった瞬間だった。妻は自分自身に苛立っていたのかもしれないとカズキさんは感じている。
「以前より意識的に、妻にありがとうと声をかけるようにしています。まだまだ夫婦として歴史が浅いから、お互いをもっと理解できるよう、努力していくしかありませんね」
妻のDVの裏には、さまざまな事情が隠れているのかもしれない。
※参考:「令和2年におけるストーカー事案及び配偶者からの暴力事案等への対応状況について」(令和3年3月4日、警察庁)