不倫をすることによってすべてを失う可能性がある。それがわかっていても、恋する気持ちが止められない人は少なからずいる。

そして、すべてを失わないまでも、恋が終わったあとに「理不尽なほど」悩まされることもあり得るのだ。
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自分が悪いのは当然だけれど……

「結婚10年目に他の女性と恋に落ちました。それによって妻を傷つけたのはわかっている。申し訳ないとも思っている。だけど大人同士の対等な恋だと思っていたのは僕だけで、相手は一方的に被害者だと言いつのる。あまりに理不尽だと思いました」

怒った口調でそう言うのは、マサシさん(44歳)だ。4年前、彼は一回り年下の女性と恋に落ちた。ひとり息子が小学校に上がって、ホッとしたころだった。

「仕事で取引先に行った帰り道、小さな画廊が目に入ったんです。もともと絵が好きで、自分でも少し描くものですから、画廊があると足が向いてしまう。そのときは急いでいなかったので、つい入ってしまいました」

儚げな女性の絵だった。心惹かれて見ていると、そばに立つ女性がいた。それが画家のヒナコさんだった。絵と同じように儚げに見えた。少しだけ言葉を交わし、彼は小さな絵を買った。出会いはそれだけだ。次にまた展示会があったら連絡くださいと名刺を渡した。

「それから3週間後くらいかな、仕事関係のパーティーがあったんです。上司が行けないので代わりに行くしかなくて、気が重いなと思いながら行ったら、ヒナコにばったり会った。お互いに驚きましたね。彼女、パーティー会場になっているホテルに絵を飾ってもらうことになり、挨拶に来たんだそうです。画廊で会ったときとは少し雰囲気が違っていましたが、『あのときは疲れていたんです』とにこやかでした」

彼がパーティーに顔を出し、適当な頃合いで引き上げようと廊下に出てロビーに行くと、またばったり会った。こうなれば、「軽く一杯」となるのも自然のなりゆきだった。
 

見た目とは異なる情熱に流された

一杯飲んで話しているうちに意気投合した。この近くでもう一杯だけと言われ、タクシーで5分ほどのところで降りた。そこは彼女の自宅だった。

「この展開はまずいと思ったけど、絵を見てほしいと言われて断れなかった。そして案の定、僕は歯止めがきかなくなり、男女の関係になってしまったんです。心惹かれていたし、彼女の外見とは違う情熱的な振る舞いに舞い上がってしまった」

たびたび帰宅が遅くなり、夜中に長電話をすることもあった。マサシさんは舞い上がっていたから気づかなかっただろうが、妻から見れば一目で「おかしい」と思う状態だったのではないだろうか。半年ほどたって、妻に「最近、ずっと変ね」と指摘された。

「それからは気をつけましたが、あるときこっそり電話しているところを妻に聞かれてしまった。どういうつもりなのと言われ、何でもないと言いつくろった。その翌日だったかなあ、息子が学校でケガをして、妻は僕に電話したけど連絡がつかなかった。実はその日、彼女と日帰り旅行に出かけていたんです。夜遅く、やっと携帯の電源を入れたら、妻の悲痛な声が何度も入っていた。そこで目が覚めたんです、何をやっているんだ、オレはと」

ヒナコさんに事情を話し、しばらく会えないと告げた。もう会うつもりはなかった。しばらく会わなければ彼女も納得してくれるだろうと高をくくっていたところもある。だが彼女の情熱はまだ冷めていなかった。

「毎日のように電話が来るけど出なかった。メッセージも来たけど、とにかく今は息子のことしか考えられないと返信しました。息子は結局、足首を骨折していたので3週間ほど入院しました」

入院2週間目くらいだっただろうか、ある日、定時で上がって病院へ行くと、息子のベッドサイドに妻とヒナコさんが座っていた。

「あ、夫が来たと妻が言い、ヒナコが立ち上がって『初めまして』と言ったんです。夢でも見ているのかと思いました。血の気が引くのがわかりましたね。『さっき、売店で知り合ったばかり。こちらもご家族が入院しているんですって。息子を見舞いたいと言ってくれたから』と妻は好意的に彼女を紹介する。僕はモゴモゴするしかなかった」

どうしたらいいかわからなかったが、彼女がすぐに帰ると言ったので、「送ってくる」と妻に言ってエレベーターまで一緒に歩いていった。

「どういうことなんだと小声で聞いたら、偶然よって。そんなわけない。どうやら息子の学校を調べて、誰かからどこに入院しているか聞き出したみたいです。怖い女だと思いました。エレベーターに乗ると、彼女が抱きついて激しくキスしてきた。急だったから避けられなくて。エレベーターが開くと、人が乗り込んできた。彼女はその隙を縫って出ていきました」

ハッと我に返ってトイレに飛び込むと、唇周りに真っ赤なルージュがついていた。ゴシゴシこすりながら、彼は恐怖に怯えていたという。

それからもヒナコさんから連絡が来たが、彼はあるとき意を決して「もう会えない。妻に疑われている」とメッセージを送った。

「すると『だったら私が直談判する。あなた、私と一緒になるって言ったじゃない』と。ピロートークでそんなことは言ったかもしれない。だけど普通は、恋の渦中ではそのぐらいのことは言うと理解するじゃないですか。でも彼女は真正面から信じてしまった。僕が悪いのはわかっているけど、恋はもうちょっと軽やかにしたかった」

息子が退院する日手続きをしていると、ロビーにヒナコさんがいるのが目に入った。彼は妻に先にタクシーで帰宅するように告げた。詳細はあとでと言いながら。

「妻が息子と出口に行くと、ヒナコが追っていくのが見えたのであわててあとを追いました。息子の前で何を言われるかわからない。ヒナコ、と声をかけたのと、彼女が妻に『マサシさんとつきあってます』と叫ぶのが同時でした。妻が振り返ったので、先に帰れと合図して、ヒナコの腕をとりました。彼女は痛い痛いと大声をあげて……。妻はそれを横目で見て、変な女に僕がからまれていると思ったみたいです」

納得しないヒナコさんをなだめて病院近くの喫茶店に入った。きみはもっと大人だと思ったよ、恋をするほど成熟していないんだなと本音を口にすると、ヒナコさんは激昂した。

「その言葉が神経を逆なでしてしまったんですね。その場は別れましたが、翌日、彼女は家にやってきたそうです。前の晩、すべて妻に白状して土下座して謝った。関係があるとは言わなかったけど、妻は察したでしょう。だから家にまで訪ねてきたヒナコに、妻は『全部知ってるから、もうこんなことはしなくていいの。うちは別れないから帰って。あんなだらしないオッサンとつきあわないほうがいい。あなたのためにならない』と説教したそうです」

それ以降、ヒナコさんはときどき妻に連絡してくるようになったという。妻は「息子のために離婚はしないが、それなりの謝罪は、いつかしてもらうから」と彼に向かって言い放ったそうだ。

「ヒナコも怖いけど、妻も怖かった。『それなりの謝罪』は今も求められていませんが、いつかは何かあるんでしょうね」

あれから彼は妻にはまったく逆らえなくなった。常に妻の顔色をうかがっているそうだ。戯れに恋をしてはいけないのだ。そして、どんなに情熱に負けたとしても相手をきちんと見極めなければ不倫という恋は成立しない。
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