夫の会話に感じた変化
ユウコさん(40歳)は結婚して10年、8歳と5歳の子がいる。同業他社に勤務する夫とは、仕事を通じて知り合った。結婚後も、近くに住む実家の両親に助けてもらいながら共働きを続けてきた。「3年前に今の新築マンションを購入して越してきたんです。実家からの距離は変わりませんし、同じ町内だから子どもも転校しないですみました。ただ、最初のうちはマンション内の人間関係に気を遣いましたね」
ファミリータイプのマンションなので、同じような年齢の子をもつ家庭が多いとわかり、仲良くやっていけそうだとユウコさんは感じていた。
「数カ月たったころ、夫が『4階に住んでいるホナミさんって知ってる? きれいな人だよ』と言い出しました。きれいなのに気さくでいい人ってべた褒めなんです。私も知っている人でした。確かにきれいだけど、そんなにべた褒めするほどか?と思った(笑)。まあ、夫の好みなんだろうなとそれほど気にしてはいなかったんです」
夫は何度か、ホナミさんと会ってこんな立ち話をしたとか、エレベーターで会ってこれをもらったとリンゴを持って帰ってきたりした。
「昨年、ホナミさんと立ち話をしていたら、『そういえば、たかぴょんが……』と言い出したんです。たかぴょんというのは、私が機嫌がいいときに夫を呼ぶときの愛称。タカアキという名前だから。でも私は外で夫をたかぴょんと呼んだことはないし、そんな愛称は誰も知らないはず。彼女は何も気づいていないようでしたが、夫と彼女の中を疑いました」
考えてみたら、夫の口からホナミさんのことはまったく聞かなくなっていた。いつから話題にしなくなったのか。怪しい、とユウコさんは感じた。
穏やかな夫が突然キレた?泣いた?
2歳年下の夫は、いつも穏やかな人だった。理由があって怒ることはあっても、理不尽に不機嫌をまき散らすタイプではない。「私が言いたいことを言って、夫が『まあまあ』とおさめる。そんな関係でした。でも昨年の秋頃、妙にイライラしていたんです。子どもたちと私がワイワイ騒いでいると突然『うるさい!』と怒鳴ったりして。大声で怒鳴られたことのない下の子は泣き出しました。夫はハッとしたようで『ごめんごめん。パパ、仕事のことを考えていたから。ごめんね』と必死に謝っていた」
おかしいと思ったユウコさんは、子どもたちが寝静まったあと、夫に「ホナミさんと何があったの」と尋ねた。すると今度は夫が泣き出したのだ。
「どうやらホナミさんにフラれたみたいです。夫は『彼女が急に冷たくなった』と。ただし、つきあっていたわけでも、男女関係があったわけでもないと言い張ったけど、それなら『急に冷たくなった』と泣くのはおかしい。むしろマンション内の人間関係がおかしくなった、どうしたらいいだろうと冷静に考えるべきでしょ。感情的になるのは、何かがあった証拠ですよね」
おそらくユウコさんの考え方は当たっているのだろう。だが、ユウコさんはそれ以上、夫を追いつめるのはやめた。
「夫も大人ですから、『あなたに何があろうと、それはあなたの問題。だけど自分の感情で子どもたちを怒鳴るのはやめて』と言っておきました。それ以来、夫は表面上落ち着いていますが、ときどきぼんやりしていることがあります。恋愛していたかどうかはわからないけど、何か気持ちがすっきりしないんでしょうね」
そのまま放っておいていいのか。ユウコさん自身の気持ちは穏やかでいられるのかと心配になるところだが……。
「本音をいえば私だって穏やかではいられない。ホナミさんを見かけると、本当は何があったのよって胸ぐらをつかみたくなることもある。でも彼女も夫も、私がコントロールすることはできない。『私はあなたを信頼しているからね』と夫に言ったことがあるんです。夫はうんと言いながら表情が苦しそうだった。追いつめないほうがいいなと思ったんです」
宙ぶらりんのまま、日常生活は進んでいく。夫を信頼する気持ちはまだ残っている。それがなくなったとき、家庭は壊れるのかもしれないとユウコさんは真顔で言った。