七味唐辛子の中身…赤唐辛子、黒胡麻、山椒、陳皮、麻の実、けしの実、青のり等
七味唐辛子の中身、調合されている薬味や香辛料は?
その名の通り、七種類の薬味や香辛料を調合したものですが、時代や地方によってその中身は少しずつ違います。もっともよく知られている組み合わせは、「赤唐辛子、黒胡麻、山椒、陳皮、麻の実、けしの実、青のり」ですが、白胡麻、生姜、柚子、紫蘇などを配合したものもあり、好みに応じた選択肢が豊富なのも、魅力です。
七味唐辛子の栄養や効能などに関する解説は、他に多くの記事がありますので、それらを参考にしていただければ十分でしょう。今回は、薬学・生物学を専門とする立場から、「麻の実」にスポットをあてて解説してみたいと思います。
七味唐辛子の中身の「麻の実」、正体は大麻草の果実
七味唐辛子の中身をじっくり見る機会はあまりないかもしれませんが、もしご家庭に常備してあるのでしたら、その原材料表示を確認してみてください。そして、麻の実が入っているようでしたら、ぜひ少量をお皿か紙の上に出して観察してみてください。長径3~5ミリほどの胡麻より大きめの堅い実が、何粒か見つかるはずです。拡大鏡で見ると、実の表面には独特なまだら模様がついています。それが「麻の実」です。煎ると香ばしく香り、パリッとした歯ざわりが特徴的ですが、やや堅いので、歯が弱いと噛んだときに歯が欠けてしまう人もいるそうで、七種類の中では「嫌いなので食べるときに外している」と言う人もいます。
この「麻の実」は、ずばり大麻草の果実です。一見すると種に思えるので、「麻の実は大麻草の種」と紹介されることが多いようですが、それは誤りです。下の図にあるように、外側の堅いカラのような部分は果皮に相当し、その中に隠れているのが真の種(種子)です。そのつくりは、ヒマワリと同じ部類です(詳しくは「知るほどおいしい果実の種類!湿果・乾果・石果・堅果・痩果とは」をご覧ください)。七味唐辛子に含まれる粒全体は、果皮と種子を合わせた「果実」に相当するので、まさに「麻の実」であって、「麻の種」ではないのです。
麻の実(ヘンプシード)とは…栄養豊富で、薬としての使用も
麻の実は栄養豊富で、インコなどの小鳥やハムスターなどの小動物の餌としても使われます。ホームセンターなどに、ペット用フードとして売られています。また最近は、健康志向ブームにのって、麻の実を「ヘンプシード(hemp seed)」と呼び、健康食品として販売する業者が増えてきました。実からとれる油も「ヘンプオイル(hemp oil)」と呼ばれ、健康食品として扱われています。
また、大麻草の実は、「麻子仁(ましにん)」とも呼ばれ、古くから漢方薬としても用いられてきました。麻子仁を配合した漢方薬には、麻子仁丸(ましにんがん)、潤腸湯(じゅんちょうとう)、炙甘草湯(しゃかんぞうとう)があり、各製薬会社から販売されています。
大麻草は違法なはずだが…七味唐辛子の麻の実を食べても大丈夫な理由
しかし、「大麻草」と聞いて、「大麻取締法」で規制されている「大麻」と関係あるのではないか、七味唐辛子を食べたらいけないのではないかと気になった方も多いことでしょう。その通り、大麻草は、法律で規制されています。これまでの「大麻取締法」(昭和二十三年法律第百二十四号)の第一条にはこう書かれていました。
また、2024年12月に「大麻取締法」は改正施行され、「大麻草の栽培の規制に関する法律」(昭和二十三年法律第百二十四号)に変更され、この改正された法律の第二条の第一・二項では、「大麻草」と「大麻」をこう定義することになりました。この法律で「大麻」とは、大麻草(カンナビス・サティバ・エル)及びその製品をいう。ただし、大麻草の成熟した茎及びその製品(樹脂を除く。)並びに大麻草の種子及びその製品を除く。
従前の法律でも改正後の法律でも、大麻は法律で規制されていますが、種子(法律上は「果実」と同等)は「大麻」に該当しないので、所持していても問題ありません。第二条 この法律で「大麻草」とは、カンナビス・サティバ・リンネをいう。
2 この法律で「大麻」とは、大麻草(その種子及び成熟した茎を除く。)及びその製品(大麻草としての形状を有しないものを除く。)をいう。
また、大麻草の葉や花穂から作られるマリファナには、精神作用を引き起こす成分が含まれているために規制されているわけですが、そのような成分の含量は、大麻草の品種によって異なることが知られています。したがって、七味唐辛子に含まれている麻の実の原料となる大麻草の品種によっては、危ないものもあるのかもと気になる方もいるでしょう。
しかし、ご心配なく。そもそも大麻草の果実および種子には、そうした精神作用をもたらすような成分は含まれていません。なので、大麻草の品種に関係なく、実や種を食べてもまったく問題ありません。だからこそ、大麻草の果実(=麻の実)およびその製品(七味唐辛子や鳥餌など)は、規制の対象となる「大麻」から除外されているのです。
大麻に関する法律には、薬物規制だけでなく農業を守る目的も
ほとんどの方が、従前の「大麻取締法」や改正後の「大麻草の栽培の規制に関する法律」は、薬物規制のためにあると認識していることでしょうが、実はこれらの法律は農業を守る法律でもあるのです。「大麻取締法」は1948(昭和23)年に制定された法律ですが、そのルーツは、1947(昭和22)年に制定されたポツダム省令の一つ「大麻取締規則」です。第二次世界大戦後の日本では、薬物規制に関するポツダム省令がいくつか制定され、他がすべて「厚生省令」であったのに対して、「大麻取締規則」だけは「厚生・農林省令」でした。当時は、大麻草を栽培するのは主に農業従事者であり、大麻の取り締まりは、農業に密接に関わる問題でもあったのです。この流れを汲んで、「大麻取締法」にも農業政策上の配慮が加えられました。そして、成熟した茎からとれる繊維(いわゆる麻繊維)や麻の実は、農産物として広く流通していたので、「保護」したのです。
江戸時代に誕生したと言われる七味唐辛子を、令和時代の私たちが気兼ねなく味わえるのは、こうした政策のおかげと言ってもよいでしょう。
麻の実にはオスとメスがあるが見分けは困難
大麻草は、植物学的にも興味深い特性をもっています。その一つが「雌雄異株」であるということです。雌雄異株について、詳しくは「山椒の知られざる特徴…成分・効能・使い方・しびれの正体」をご覧ください。多くの植物は、一つの花の中に雌しべと雄しべをもっており、一つの個体が雌雄両方の役割を果たしていますが、大麻草は、私たち人間と同じように、雌しべを含む雌花だけをつける雌株と、雄しべを含む雄花だけをつける雄株に分かれています。大麻草の細胞(2倍体)の染色体は20本(10セット)あり、そのうち18本(9セット)が常染色体で、残りの2本(1セット)が性染色体です。雌株の性染色体はXXで、減数分裂により作られる配偶子(卵細胞)はいずれも1本のXをもちます。一方、雄株の性染色体はXYで、減数分裂で作られる配偶子(精細胞)はXかYのどちらかをもちます。受粉により、卵細胞と精細胞が合体し、XXとなったときは雌株が誕生し、XYとなったときは雄株が誕生します。つまり、種子を含む果実ができた段階で、将来、雌花と雄花のどちらを咲かせるかが決まっているのです。
みなさんが、七味唐辛子に見つけた麻の実は、メスかオスかどちらかですが、見かけが全く同じなので、区別することはほとんど不可能です。それでも「どっちかな」なんて想像しながら食べるのもおもしろいでしょう。
栄養豊富な麻の実、自宅で育ててもいいの? 自家栽培は絶対に禁止!
最後に、警告しておくべきことがあります。栄養豊富な麻の実を、自分で作ってみたいなどと考えてはいけません。大麻草の種子は、法律上「大麻」とはみなされませんので、所持したり食したりすることは問題ありませんが、栽培は、免許を受けた取扱者だけしか行えません。一般人が行うことは、厳しい罰則をもって禁止されています。大麻草を栽培することは、大麻を製造することに他ならないからです。もし、鳥の餌として庭に撒いた麻の実が発芽したら、故意でなくても「栽培」とみなされ、法律に抵触することになります。ちなみに、市販されている麻の実(七味唐辛子に入っているものも含め)は発芽しないように加熱処理されたものなので、そこまで気をつかう必要はありませんが、加熱処理が不十分な製品の場合、本当に発芽しないとは言い切れませんので、注意してください。
なお、上述したように新たに施行された「大麻草の栽培の規制に関する法律」(昭和二十三年法律第百二十四号)では、「種子」という言葉が50か所以上に記載され、種子の取り扱いが非常に細かく定められています。大麻草の不正な栽培を防ぐため、種子の取り扱いに関する規制がより厳しくなったことを申し添えておきます。
麻の実や大麻について知識を深めたい方は、筆者の著書『大麻大全(武蔵野大学出版会)』をぜひお読みください。