「酸性食品」「アルカリ性食品」とは……一覧表から感じる疑問点
食べ物を酸性食品・アルカリ性食品に分ける? 実はそんな単純な話ではないのです
「酸性食品」「アルカリ性食品」といった言葉を聞くことがあります。筆者自身も子どものころに、テレビで大人が「この食品はアルカリ性で体にいいんです」といった説明をしているのを聞いて、そういうものなのかと思っていたことがあります。しかし、自分で科学を学ぶようになり、「酸性食品・アルカリ性食品」とは一体何なんだろうと調べてみた結果、実はあまり意味のない話だったことに気づきました。
さまざまな食品を酸性とアルカリ性に分類した一覧表などは、今日でもしばしば目にします。例えば、あるサイトでは、
- 酸性食品……肉、魚、牛乳、米、砂糖、果物、ココア、錆びた鉄分、腐ったものすべて
- アルカリ性食品……大根、人参、トマト、ジャガイモ、塩、ミネラルウォーター、納豆、青汁、味噌、梅干
といった分類がされており、「酸性食品は体に悪く、病気の元になるもの。アルカリ性食品は体にいいもの」といった説明がされていました。しかしこれにはさまざまな疑問が浮かびます。
- そもそも何を根拠に分けているのか?
- 食品にはいろいろな成分が含まれているのに、そんなにはっきり「二分化」できるものなのだろうか?
- なぜ「酸性=悪、アルカリ性=善」なのか?
- ちょっと食事をしただけで、そんなに簡単に体の中が酸性やアルカリ性に傾いてしまうのだろうか?(もしそうならみんな死んでしまうのではないか)?
今回は、食と健康に関して常識のように語られてきた「酸性食品・アルカリ性食品」という話の真偽について解説します。
そもそも「酸性」「アルカリ性」の性質とは
皆さんも小学校の理科で、リトマス紙を用いていろいろな水溶液の性質を調べ、色の変化によって「酸性・アルカリ性・中性」の3つがあることを学ばれたと思います。さらに、中学校3年の理科ではイオンの基礎を学び、酸性・アルカリ性を示すイオンの実体を学びます。ですので、義務教育を修了した方はみんな「酸性・アルカリ性」の意味がわかるはずなのですが、いざ説明しようとするとうまくできないという方が多いのではないでしょうか。まずは簡単に、この基本中の基本を確認しておきましょう。何らかの物質が水に溶解した液体のことを「水溶液」と言い、その液体中にどれだけの割合で「水素イオン」が含まれているかで、酸性かアルカリ性かが決まります。そして、その割合を定量的に扱うために定められているのが「水素イオン指数」という物理量で、「pH(英語でピーエイチ、ドイツ語でペーハー)」という記号で表されることになっています。
例えば、水は「H2O」という分子式で表されますね。液体の状態では、そのごく一部が水素イオン(H+)と水酸化物イオン(OH-)に分かれた形で存在します。そして、標準的な水温25度のとき、水中の水素イオン濃度[H+]と水酸化物イオン濃度[OH-]は、どちらも同じ1.0×10-7mol/Lであることから、その負の対数値であるpH=7.0が「中性」と定義されています。
ちなみに、温度が一定であれば、水溶液中の[H+]と[OH-]の積([H+][OH-])は一定である(25度の場合は10-14)という物理法則があるので、水素イオンが増えると水酸化物イオンが減り、水素イオンが減ると水酸化物イオンが増えるという変化が生じます。水素イオンの方が多いときが「酸性」、水酸化物イオンの方が多い時は「アルカリ性」になります。
たとえば、純水に、酸の代表である塩酸(HCl)を加えて溶かすとどうなるでしょうか。塩酸は水溶液中で水素イオン(H+)と塩化物イオン(Cl-)に電離して存在しますから、塩酸を加えた水溶液は、水素イオン(H+)が増加し、水酸化物イオン(OH-)が減少します。
このときのpHの値は7.0より小さくなり、このときの液性を「酸性」と呼びます。一方、純水にアルカリの代表である水酸化ナトリウム(NaOH)を加えて溶かすと、水酸化物イオン(OH-)が増加し、水素イオン(H+)は減少しますから、pHは7.0より大きくなり、このときの液性を「アルカリ性」と呼ぶわけです。
すっぱいイメージの酸性。ではアルカリ性とは?
お酢(酢酸)やクエン酸、ビタミンC(アスコルビン酸)などを含んだ酸性の水溶液は「なめると酸(す)っぱい」という特徴があるので、非常にわかりやすいですね。それに対して、「アルカリ」のイメージはつきにくいかもしれません。一体なんでしょうか。少しだけ専門的になりますが、アルカリ性とは何かをなるべくわかりやすく解説してみますね。皆さんは、園芸店などで売られている「草木灰」をご存じでしょうか。植物の種類は問わず、木や草を集め、低温でじっくりいぶすようにして焼いていき、燃えきったら数日かけてしっかりと寝かせた後ふるいにかければ、一般的な草木灰ができあがります。古く紀元前から、植物を育てるときの肥料などとして使われてきました。「灰」を意味するアラビア語の「qualja」に由来して、世界中で広く「カリ(漢字では加里)」とも呼ばれてきました。
石灰水に「カリ」を加えると、いわゆる「苛性カリ」が得られますが、1807年にイギリスの化学者ハンフリー・デービーは、この苛性カリを電気分解することによって、初めての単体金属を単離することに成功しました。そして、この金属を構成する元素は、後に「カリウム」と呼ばれ、元素記号「K」が与えられました。
今の化学の知識で説明すれば、植物はほとんどナトリウムを含有しないため、草木灰の主な成分は炭酸カリウム(K2CO3)であり、石灰水に含まれる水酸化カルシウム(Ca(OH)2)と反応させると、水酸化カリウム(KOH)と炭酸カルシウム(CaCO3)が発生します。そして、水酸化カリウムの電気分解によってカリウムが単離されたというわけです。
勘のいい方はお気づきたと思いますが、アルカリの「カリ」は、カリウムの「カリ」と同じ語源で、「灰」を意味します。そして、アルカリはずばり「植物の灰」という意味のアラビア語に由来しているのです。つまり、植物の灰=アルカリを水に溶かしたときに認められる性質が、元来の「アルカリ性」なのです。
「酸性食品・アルカリ性食品」の考えの始まり
さて、話を食品に戻しましょう。食品の分類に「酸性・アルカリ性」の考えを最初に取り入れようとしたのは、スイスの生理学者グスタフ・フォン・ブンゲで、今から100年以上前のことでした。食肉には硫黄が含まれており、それはアミノ酸のシステインやメチオニン(まとめて含硫アミノ酸と呼ばれる)に由来することが今はわかっているのですが、当時は不明だったため、肉を食べるとその硫黄が体内で硫酸に変化し、体組成を陰性にするから、アルカリ性のミネラルを摂取して体内の酸・アルカリのバランスを保つ必要があると主張したのでした。この考えは当時の学界に受け入れられ、硫黄だけではなく他のミネラルにまで拡大解釈されていきました。
そもそも、栄養学における「ミネラル」とは、食品中に含まれる有機物中の炭素(C)、水素(H)、酸素(O)、窒素(N)以外の元素をさしますが、フォン・ブンゲが仮説を出した当時は、まだ私たち人間の体の中で各種栄養素がどのように分布・代謝され、どんな機能を果たすかなどほとんどわかっていなかったので、ミネラルについても、試験管の中で認められる化学反応がそのまま体内でも起きていると考えざるを得ませんでした。
硫黄(S)、リン(P)、塩素(Cl)などの陰性ミネラルは、試験管内の無機反応として、水溶液中で水素イオン(H+)を解離することから、私たちが摂取したときには体内が酸性に傾くと考えられたのでした。逆に、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)などの陽性ミネラルは、水溶液中で水酸イオン(OH-)を解離することから、体内をアルカリ性にすると考えられました。そして、陰性ミネラルの方が多く含まれたものが「酸性食品」、陽性ミネラルが多く含まれたものが「アルカリ性食品」と分類されるようになったのです。
「酸性食品・アルカリ性食品」という発想の問題点
しかし、含まれるミネラルだけで食品を分類し、体内環境を酸性またはアルカリ性にするという考えには、いくつかの欠陥のあることが明らかとなりました。第一に、試験管の中で示される食材としての性質が、生体へ取り込まれたときにそのまま再現されるとは限りません。また、同じミネラルでも、食品によって含まれている形が違いますし、同じ食材に含まれる他の成分が影響することによって、吸収・体内分布・代謝・排泄などは異なります。
第二に、私たち人間の体には、安定して細胞機能を発揮し続けるために、体温や血圧などのコントロールにおいて恒常性維持(ホメオスタシス)のしくみが備わっており(参考記事:「視床下部の役割は?自律神経系、内分泌系を調節する重要な機能」)、それは体内のpHについても同じです。とくに血液のpHは、わずかに変化しただけで死に至ることもあるので、いつも7.40前後に保たれるような調節機構が備わっています。
たとえば、「緩衝系」という化学的しくみを利用してpHを安定させるシステムが複数あり、その中でもとくに「重炭酸緩衝系」が大きな役割を果たしています。水と二酸化炭素が結合してできる炭酸(H2CO3)は水中で重炭酸イオン(HCO3-)と水素イオン(H+)に解離しますが、その割合はpHによって変動します。
血液が酸性に傾きそうになった(つまりH+が増えた)ときは、HCO3- + H+→H2CO3と変化してH+を減らそうとします。一方、血液がアルカリ性に傾きそうになった(つまりH+が減った)ときには、H2CO3→HCO3- + H+と変化してH+を増やそうとします。つまり、血液pHが変動しそうになると、重炭酸緩衝系はそれを打ち消してくれるのです。
また、肺によるガス交換と腎臓による尿排泄も、体内pHを安定させるのに寄与しています。体内で発生した二酸化炭素(CO2)が呼吸によって排出されると、炭酸の量が減りますから、体内が酸性に傾くのを防ぐことができます。私たちの体では、常に血液中の二酸化炭素濃度がモニターされており、二酸化炭素濃度が上昇すると、反射的に呼吸を速くするようになっています。
腎臓では、血液をろ過して生成された原尿が尿細管を通る時に、水素イオン(H+)濃度に応じて排出するか体内に残すかの調節が行われます。尿が酸性に傾いているときは、水素イオンが多すぎるわけですから、それをできるだけ体内に残さず排出するように働きます。
こうした多数の仕組みによって血液のpHはしっかり一定になるよう守られているわけですから、少しくらい食事をしたところで、体調に異変をきたすような酸性度の変化が起こるとは思えません。しかも、そもそも私たちが毎日3回規則正しく食事をする習慣を身につけているのは、食の効果が長続きしないからです。たとえ摂食で体内環境に変化が生じたとしても、それはほんの一時的なもので、長続きはしません。体の病的変化が慢性的に続くのとはわけが違います。
第三に、食が体調におよぼすかもしれない影響は、たくさんの要素があるのに、それを「酸性・アルカリ性」だけで解釈すること自体に無理があります。たとえば、ナトリウムを含む食品は「アルカリ性食品」に分類され、体にいいと説明されがちですが、多くの方がご存知のように、ナトリウムを摂りすぎると高血圧になるなど体への悪影響があります。
つまり、食品が体におよぼす影響は、その摂取量や、酸性・アルカリ性以外の性質によって左右されるのが当たり前なのに、それを「酸性=悪、アルカリ性=善」と決めつけた考えは、どう考えてもおかしいですね。
科学的根拠がないのに、広まってしまった健康情報
学問というのは、大胆な仮説と慎重な検証によって進歩するものです。なので、筆者は「酸性食品・アルカリ性食品」という考えも検証に値するものだと思います。しかし、100年以上たっても、誰もが認めうる科学的根拠が確立されない以上、学問的価値のある理論としては認められません。それにもかかわらず、今も「酸性食品=悪」と決めつけて、拡大解釈された「酸性食品・アルカリ性食品」の情報は広まっています。一見もっともらしいことが書かれているようで、矛盾だらけです。たとえば、あるWebサイトには、「酸性食品とアルカリ性食品の判定は、食品自体のpH値ではなく、体内に入った後でどちらになるかで考えます」と説明され、その例として「梅干しは酸っぱいので酸性ですが、体の中に入るとアルカリ性に変化します」と挙げていますが、そこに添えられている酸性食品・アルカリ性食品の分類表は、試験管の中で測定された結果に基づいたものです。
また、同じ食品のはずなのに、情報源によって違った分類がされているケースも多く、たとえばワインについて、酸性としている表と、アルカリ性としている表などがあり、どちらが本当なのかわかりません。
さらにはどう解釈すればいいのか分からない情報がたくさんあります。たとえば、玄米と白米を比べると玄米の方が酸性が強いという解説もありましたが、もしこれが本当なら「玄米の方が体にいい」という理解は間違いなのかという疑問も出てきます。アルカリイオン水がもっともアルカリ性の高い食品として紹介された記事もあり、もしそれが本当なら、アルカリイオン水さえ飲んでいればバランスが保てるというのでしょうか。
「酸性食品・アルカリ性食品」という考えは、栄養学的にも生理学的にも意義を失い、世界的に見ても、消え去ろうとしています。しかし、いまだに日本では、高校の家庭科の教科書などや栄養学の専門書などにも、堂々とこういった説明が書かれているものがあり、アルカリ性食品の摂取を推奨する記述が残っているようです。栄養関連の大学から出版されたテキストでも、かなりのページを割いてアルカリ性食品の重要性が力説されているものもあり、専門的に見れば、これらは少なからずショックを受ける内容です。
結局のところ大切なのは、包括的な栄養バランスを考えること
私たち人間は、複雑なものを理解するために、より単純化して分類されたものを好みます。最たるものの例を挙げると「血液型別性格診断」などでしょう。「酸性食品・アルカリ性食品」という大胆な二分化が多くの人の興味をひいたのも、こうした人間の好みにはまったからではないでしょうか。しかし、よく考えてみると当たり前のことなのですが、多種多様な食品とその成分が私たちの体におよぼす影響や効果が、酸性・アルカリ性という物性だけで決まるわけがありません。私たちの体のしくみは本当に複雑です。理解するのが面倒だからと言って単純化して考えるのではなく、「複雑さゆえの巧みなしくみ」があることをしっかり認識し、酸性度以外のいろいろな指標も考慮しながら、包括的に「食事のバランスをよくする」ことを心がけるのが大切なのではないでしょうか。