同期と結婚して13年、夫婦仲が壊れた瞬間
29歳のとき同期の男性と結婚したハルナさん(42歳)。部署は違うが、その後も共働きで、ひとり娘を育てながら「仲良く」暮らしてきた。「近くに住む姉が専業主婦だったので、助けてもらうこともありましたが、基本的には夫と常に話し合ってがんばってきたんです」
ところが3年前、ハルナさんが異例の大抜擢で企画開発部長となった。それ以前に女性向けの大ヒット商品をいくつか手がけたのが評価されたようだ。とはいえ、ハルナさんとしては「自分ひとりで作り出したわけじゃないし、たまたまそういうチームにいただけ。30代になってからはチームリーダーを任命されたけど、それもグループの面々のまとめ役だっただけ」といたって謙虚だ。
部長になったのを周囲は喜んでくれた。彼女自身も「まとめ役に徹する」と決めていた。それでも社外の人からも一目置かれる存在になったのは間違いない。
「これで態度が急変したのはうちの夫だけ。夫は『みんな急に、オレに奥さんが部長になったのをどう思うか聞くんだ』『ダンナもがんばらないとねって言われる』と、妙なプレッシャーがあると愚痴っていました。人はいろいろなことを身勝手に言うものだから、気にすることないよと言いましたが、夫としては気になるようで……」
立場が逆で、夫が出世したなら妻は社内でも「よかったね」と言われるだけだろう。あなたもがんばれとか、夫の出世をどう思うかなどと聞かれることはなさそうだ。だが、妻が先に出世すると、周りは「男として」どう考えるのかを気にする。そこには「男は女より先に出世して当たり前」という概念があるのだろう。
夫の心が折れかかって
夫もまた、自分が先に出世したならなんとも思わなかったに違いない。だがたまたま妻が出世したら、自分が妻より能力がないと思い込み、周りもそう見ていると考えるようになった。そしてハルナさんを妬むような発言が多くなった。「仕事が忙しくて、私が夕食を作れない日が続いたとき、『部長さんは食事なんて作っていられないよね』って。嫌味でしょう? そういう言い方はやめてよと言ったのですが、『だって事実じゃん。どうせ暇だからオレがやるけど』と妬みからのいじけが加速。家の雰囲気が悪くなるのが嫌なので、早く起きて夕食の下ごしらえをしてから出社していました。だけどさすがに疲れきってしまって」
そんなとき、小学生の娘が「ママが偉くなったのをパパは喜ばないの?」と聞いた。夫はしどろもどろになっていたという。
「そのときは夫も反省したようですが、だからといって妬みはなくならなかった。コロナ禍で夫はリモートワークが増えたけど、私は週4回出社という時期があったんです。夫は『偉くなると会社にいないとまずいんだね』って。そもそも偉くなるという言い方にとても険がある。ときおり家の中でも『部長』と言い出すし。同じ部署でもないのだから、私のことは気にしないでほしい、会社の雰囲気を家に持ち込まないでほしいと言っても、嫌味はおさまらない」
対等な立場で互いの仕事を尊重し合い、話し合いながら家庭もうまくやってきたと思っていただけに、ハルナさんには夫の急変がショックだった。率直にそう伝えたこともある。だが夫は自分が妬みを抱いていることは認めなかった。
「素直に尊敬しているだけだよと言い張るんです。敬意を抱いているなら、嫌味はやめてほしいと言っても嫌味なんて言ってない、と。夫の中で、何かがねじ曲がっている。もともと女性を下に見るようなタイプではないと思っていたけど、それは私がそう思いたいだけだったのかもしれないと最近は考えるようになりました」
客観的に両親を見ている娘はつい先日、「ママと別れたほうがパパも気が楽になるのかもね」と言い出したそうだ。
「私は夫の気持ちを変えよう、彼ならわかってくれるはずだと思っていたけど、そうか、離婚という選択肢もあるのかと娘に気づかされました。私が部長になってからの3年間、夫とはどこかギクシャクしたままだし、夫も気持ちが安らぐときがないのかもしれない。娘も心を痛めているのが改めて気になって」
夫に「あなたはどうしたいの?」と聞いてみた。夫は「別に」と正面から話そうとしない。この状態がいいとは思えないとハルナさんが言うと、夫はぽつりと「オレが悪いんだ。わかっているけど自分でもどうしようもない」と心の内を明かした。
「私は今の仕事が楽しいし、やりがいも感じている。だけど同じくらい家族関係も大事だと思ってると言いました。夫は無言でしたね。いろいろな選択肢があるよということだけは伝えました」
それから数週間たった。今のところ夫の様子は以前とあまり変わっていないが、嫌味を言うことは減ったようだ。
「今後、私はますます忙しくなりそうなんです。夫の理解がないと女性が仕事に没頭できないなんて、なんだか前時代的ですよね。思う存分、仕事をしていいよとなぜ言えないのか。このままだと私も不満がたまりそうで怖いです」
長年培われてきた「男は社会的に女より上」という無意識の感覚が、夫自身をも苦しめているのかもしれない。