「家族だからこうして、ああして」に違和感
3年前に、つきあって2年になるマリさんと結婚したユウスケさん(38歳)。「僕としてはつきあっているだけでじゅうぶんだったんですが、マリからプロポーズされました。彼女も結婚しなくてもいいと最初は言っていたけど、一緒に住みたくなった、と。ふたりとも仕事が忙しくなると会えない時期が続いたので、同居すれば少なくとも毎日顔を見ることはできるなと思いまして」
ユウスケさんは小学生のときに両親が離婚。母と一緒に暮らしていたが、その後、母は再婚してまた離婚。「もう勝手にせえと思ってました(笑)」というくらい、親の恋愛も結婚もゆるりと受け止めてきたので、結婚に期待も希望も抱いていなかった。
「好きだから一緒にいる。それだけ。とりあえず届を出した。それだけなんです。マリはそんな僕のことをわかってくれていると思っていた。だけど結婚したらすぐ、『ねえ、私とあなたが家族になったということは、うちの家族とあなたも家族よね』と言い出して。は?という感じでした。そもそも家族って、無理矢理『なる』ものなの? 一緒にいたらいつかは、ああ、家族っていいなと思うかもしれないけど、もしかしたら僕は一生、マリと僕、というスタンスでしか考えられないかもしれない。そう言いました」
僕たち家族、ではなく、ユウスケさんの中ではあくまでも「マリと僕」なのだ。それはひとりの人間としてマリさんに敬意をもっているということでもある。だがマリさんはいたく傷ついたようだった。
「家族なんだからうちの親が病院に行くとき車を出してほしい、家族なんだから妹の子の入学祝いを出してほしい。結婚するなり、いろんな『家族としての要求』が噴き出してきたんです。とはいえ、僕らは届を出しただけで、僕は彼女の両親には会ったけど妹さんにはまだ会ってもいない状況。義理で祝い金を出すほど経済的に余裕があるわけでもない。“家族なんだから攻撃”はちょっと待ってもらいたいと言いました」
マリさんの呆れたような顔を、彼は今も忘れていない。
家族であっても「ひとりの人間」として
もちろんユウスケさんはマリさんが大好きだ。だから彼女の要望に応えたくて、義実家にも顔を出し、親族の集まりにも出かけていった。「でもそれは正直言って、僕には何ももたらさなかった。楽しくなかった。マリの親族はまじめでいい人たちばかりで穏やかでホッとするけど。“親族であること”が重要なんだなと思いました。ただ、3歳年下のマリはそろそろ子どもがほしいと言うんです。僕も子どもを育てるのはおもしろそうだと思うけど、“家族として”取り込まれるような不安がありますね」
一族郎党が仲良く集う環境で育ったマリさんと、母でさえ結婚、離婚を繰り返して「ひとりの人間」を痛感させられたユウスケさんの間には、埋められない大きな溝がありそうだ。
「僕はマリじゃないし、マリは僕じゃない。だからこそわかり合ったときにうれしい。でも一生かかっても他人のことは理解できないはず。そういう僕を彼女は冷たいと言います。個人の考え方は違うからしかたがないですよね。そう言うと、彼女は『でも家族って大事だし、いいものでしょ』と。いいかどうかは人によると答えて、また彼女を不快にさせてしまうんです。一般的にどうなのか、普通はどうなのかは僕にとってあまり重要ではなくて、隔たりのあるマリと僕が話し合って妥協点を見つけるしかないと思っているんですが、彼女は『家族観については私が正しい。あなたは歪んでいる』と譲る気配がないんですよ」
ユウスケさんは苦笑した。ここまで大きく違うとどちらかがどちらかに譲るのはむずかしそうだ。彼は、家族も人間関係のひとつ。自分が選んだ人と生活をともにしていくことで「家族としての自覚」が生まれると考えている。一方のマリさんは、ふたりが結婚した時点で一気に“家族”が広がっていくという考え。果たしてこのふたり、妥協点を探ることができるのだろうか。