離婚後は大変だったけれど
「うちはふたりとも再婚です。夫は前の結婚で子どもがいなかったんですが、私は子どもふたりを連れての再婚。子どもがいなかったのは夫に原因があったようで、『子どもがいる人と結婚できてよかった』と言ってくれています」同い年の男性と再婚して3年たつユミさん(41歳)。28歳のときに4歳年上の男性と社内結婚した。結婚するときには妊娠もしており、その後、もうひとり産んだが、夫は家庭でも「先輩面」が抜けず、何でも命令口調。
あげく「どうしておまえはそんなに頭が悪いんだ」と言い出すなど、モラハラはエスカレートしていった。子どもたちは父親に怯えるようになっていく。自分のためにも子どものためにも、ユミさんは勇気をもって別居、そして離婚にこぎつけた。5年の結婚生活でげっそりと痩せたという。
33歳で離婚したとき、子どもは5歳と2歳。かわいい盛りのふたりの娘を連れ、ユミさんはひとり暮らしの実母のところに転がり込んだ。
「ただ、私は母と折り合いが悪くて……。表面的にケンカはしないんですが、お互いに合わないのがわかっている。子どもたちのためにも穏やかに暮らそうと努力しましたが、やはり母のよけいな一言にカッとしてしまうことも多くて」
母の妹である叔母が助け船を出してくれ、2年後、ユミさんは子どもたちを連れて叔母の家に住むことになった。
「ちょうど長女が小学校に入るころだったので助かりました。叔母はずっと独身で仕事をしていましたから、『私はしつけはできないからね、ただ一緒に遊ぶだけよ』というスタンスを保ってくれた。叔母には本当に感謝しています」
ユミさんは結婚退職していたが、離婚してすぐに前職の先輩からの紹介で再就職ができた。叔母の家から会社までが近かったため、それも助かったという。
「再婚は考えていませんでした。別れた夫からの養育費も滞っていたけど、それは想定済み。とにかく仕事をして子どもたちのためにお金を貯めようとがんばったんです。叔母のおかげで残業もできたから」
離婚して4年後、取引先の同い年の男性と知り合った。
再婚はしたものの
その彼とは偶然、同じ大学出身とわかって一気に親近感が増した。たまたま時間が合ったので一緒にランチに行き、次はディナーに行った。少しずつ距離が縮まり、つきあうようになった。「ただ、私は子どもがいるし、いくら彼が好きでも一緒になれるとは思っていませんでした。でも彼が、自分も離婚していて、子どもをもつことはできない。きみの子どもたちに会わせてくれないかと言い出して。ママの友だちということで会わせました」
ふたりとも、男性には最初から懐かないはずだった。ところが彼に対しては笑顔を見せた。
「いい人だと直感で思ったのかもしれませんね。2年以上、そうやって彼が遊びに来たり、外で一緒に食事をしたりして、少しずつ距離が縮まっていきました」
コロナ禍に陥って彼とも会えない時期が続いたとき、長女も次女も「おじちゃんに会いたい」と言った。テレビ電話で話をさせると、今日あったことなどを笑顔で報告している。ユミさんが電話を代わると、彼は「僕もユミと子どもたちに会いたい」と声を詰まらせた。
「お試しという形で、彼がうちに通ってくるようになりました。娘たちは彼と遊べるからおおはしゃぎ。半年ほどたったころ、長女が彼の前で、『ママ、おじちゃんと結婚すれば』と。11歳でしたかね、もういろいろわかっているんですよね」
昨年初め、ふたりはひっそりと婚姻届を提出、それぞれの職場には報告したが、このご時世なのでパーティひとつしていない。
「叔母の家の近くにマンションを借りて住んでいます。叔母とは行ったり来たりしていますが、実母には報告しただけ。さらに私、彼の両親に会っていないんですよ」
というのも彼の両親が結婚に大反対だったから。電話でユミさんが挨拶をすると、義母は「あなた、再婚なんでしょ。子持ちの女にたぶらかされたということかしらね、息子が」とため息をついた。それに憤慨した彼は、「オレだって再婚だよ」と母親に言った。
「男と女は違うの。あなたならもっと若くていい人と結婚できるのに」と義母は重ねて言ったそうだ。彼はそれを聞いて、母親に絶縁宣言をしてしまった。
「再婚して1年たって、家庭はとてもうまくいっています。だけど私、彼と両親の間に亀裂を作ってしまったことがとても気になってる。一度、彼に黙って彼の実家に電話をかけたことがあるんです。でも義母は私だとわかると『何か用ですか』と。『お元気かしらと思って』と言ったら、『他人さまに心配していただかなくてけっこうです』と切られました。よほど私が憎いのかしらと、ちょっと傷つきましたね」
それでもいつかは会ってわかりあえたら……とユミさんは思っている。幸せではあるが、常に心のどこかに義母の件が気になってたまらないのだそうだ。