全然、平等ではない……
「うちの妻、厳しいんですよ。共働きなので家事育児を分担しないとやっていけないのはわかっているんですが」困ったようにそう言うのはタケルさん(39歳)。同い年の妻との間に9歳と5歳の子がいる。妻は「ワーカホリック的に」仕事が好きなのだという。
「こういう言い方をすると怒られるんですが、僕のほうが収入は多く、妻のほうが労働時間が長い。これは社会のシステムのせいで妻が悪いわけじゃない。だけどその分、家計の7割は僕が出してる。それほどの収入差があるわけじゃないのに比率がおかしい。じゃあ、妻が家事育児を7割負担してくれるのかというと、そこは五分五分。なんだかヘンだよと言ったことがあるんです」
妻は冷静に、「私は女だから体力がない。そこを優遇してくれるのが男の優しさでしょ」と言った。いや、それじゃ平等は成立しないとタケルさんも言った。
「正直言って、料理だって僕のほうがおいしいと子どもたちが言うんです。すると妻は『じゃあ、もっとパパに作ってもらおう』と僕の分担が増えていく。『パパが作ってばかりいると、ママがもっと太っちゃうから困るねー』と冗談を言ったら、妻が『それ、ひどいモラハラ』と。いや、先にパワハラしかけてるのはきみだろと、最終的には大げんかになってしまって。夫婦の間でモラハラだのパワハラだのと言い出したら信頼感がなくなるだろと言ってやりました」
すると妻は突然、泣き出した。子どもたちの非難の目がタケルさんには痛かったという。
「最後は泣けば、パパが悪いということになってしまう。非常に理不尽ですよね。僕はもう手一杯で、睡眠を削って家事育児をこなしている。それなのに妻は自分の当番ではない日に、『今日は友だちとご飯食べるから食事はいらない』と。そんな余裕があるなら食事の支度を代わってくれてもいいのに……」
タケルさんの目の下には、うっすらとくまができていた。
専業主婦の妻と起業家の夫の場合
妻が専業主婦であっても、夫が家事育児をするのは当たり前の昨今。「完全分業制とはいかないのはわかっています。特に子どもは僕の子でもあるわけだし。だけどうちは妻が強すぎて、生活費は僕、家事の半分は僕、子育ては6割僕、そんな感じなんですよね」
タダヒロさん(42歳)もまた、疲弊したような顔でそう言った。これが男女逆だったら周りから非難ごうごうなのだろうが、妻は「いいダンナさんでよかったね」と言われているだけ。不条理だ、と彼は憤る。
「つきあっていた彼女が妊娠したのを機に結婚して12年。ひとり息子は12歳になりました。妻は出産後、体調を崩して仕事を辞めました。仕事が好きだったから悔しい思いもあったと思うけど、僕は妻の体のほうが大事だから辞めたほうがいいと言ったんです。その時点から家事育児も僕が8割方やるようになったけど、そのときは妻に早くよくなってほしい一心でした」
ところがその後、妻の体調が復活すると、「どうして私に仕事を辞めさせたのよ」と責められた。辞めさせたわけではない、ただ、あのときの体調を考えると続けられなかったでしょと彼は言った。
「息子が幼稚園に入る直前だったかな、知人とともに起業したんです。最初は大変になるからと妻にも言ったんですが、僕が疲れて帰宅すると、妻から嵐のようにママ友の愚痴を聞かされて。ちゃんと聞きましたよ。だけどときどき、うっかり居眠りしてしまったりする。とにかく疲れていたんです。すると妻は『あなたは私の言うことをちっとも聞いてくれない』と。こっちだって愚痴くらい言いたいのにとよく思いました」
数年後、ようやく仕事が軌道に乗ってくると、妻は「男の子がわからない。もっと子どもの面倒を見てよ」と言い出した。
「時間的に余裕がなかった。仕事はこれからというところで、いくらでもやることがありますからね。でも妻の言い分ももっともなので、夕飯時には必ず家に帰り、息子と話したり宿題を見たりして、再び会社に戻って仕事をするなんてこともよくありました。すると今度は妻が『夫婦の時間もとってよ』と。オレはひとりしかいないんだよとつぶやいたら、『年をとったとき、あなた、ひとりきりになっちゃうかもよ』って脅してくる」
実際、5年前に彼は突然、倒れた。過労だった。入院中、妻は「子どもが風邪をひいた」と3日に1回しかやってこなかった。しかたがないとはいえ、彼の心の中に疑問がわいた。
「オレはATM扱いなのか、と。元気でお金を稼いで、家事育児もやるから重宝されているだけで、病んだら見捨てられるのか。けっこう落ち込みました。これがいちばんのパワハラ、モラハラじゃないですかね」
自分の存在意義さえ考えるようになったとタダヒロさんは言う。今も表面上は問題なく生活しているが、彼の心の中に巣くった疑心暗鬼は消えてはいない。