検査費用が「高すぎる」と夫に言われた
「私はフリーランスで仕事をしているので、会社勤めの夫と違って健康診断の機会がないんです。今まで体調が悪いということもほとんどなかったので、私自身も過信していたところがありました」そう言うのは、アサコさん(44歳)だ。同い年の夫との間に13歳と10歳の子がいる。会社勤務の夫は毎年春になると健康診断の機会があるが、アサコさんは結婚してからずっと、出産時以外に入院したこともなかったし自分でも健康だと信じてきた。
「ところが2年前、なんだか頭が痛いような重いような感じが抜けなくて。ネットで調べたら脳ドックができる機関を見つけました。気になったのがいいタイミングかもしれないから検査を受けてみようと思ったんです」
病院に行くことも考えたが、ときはコロナ禍、しかも最初の緊急事態宣言が出て、わけもわからず家にいるしかないころだった。
「激しい頭痛がするわけでもない。だけど違和感が続くんですよ。なんとなく不安になって夫に『脳ドックを受けてみようと思う』と言ったんですよ。すると夫は心配するそぶりもなく、『高いでしょ』と一言。ふだん、そんな嫌味なことを言う人ではないので、夫もコロナ禍でリモートワークになり、ストレスがあったんでしょうね。ネットで調べた料金を告げると『高い。意味あるの? 普通に病院に行けばいいじゃん。行政の健康診断だっていいでしょ』と。だけど医療現場が逼迫しているなら、いっそ脳ドック専門機関の検査を受けたほうがいいと思ったんです。でも夫はそれ以上、何も言わず話を流してしまいました」
確かに高いとアサコさんも思った。そのお金があれば子どもたちの塾代も払えるし、おいしいものも食べさせてやれる。フリーランスの仕事でそれほど稼いでいるわけでもないため、どうしても夫に対する経済的な負い目を拭い去ることはできなかった。
夫の残業代が減って、この先、経済的にきつくなるのもわかっていたから、自分の不安を拭うために数万円を払うわけにはいかないとも考えたという。
あのとき、早く検査を受けていれば
それから半年後の秋、ひとりで昼食をとっているとき、ふっと左手の力が抜けたような気がした。すぐに戻ったが、今までになかった感覚が怖かった。「誰かに背中を押してほしかったんだと思う。近くに住む母に電話をしてその話をすると、母が飛んできました。母は一目私の顔を見るなり救急車を呼んだんです」
結果は脳梗塞だった。非常に軽いものだったが、母の目にはアサコさんの顔が少しだけ歪んで見えたという。
「手術もせずに2週間程度の入院で復活できましたが、医師に半年前から、今まで感じたことのない違和感があって脳ドックを受けようと思ったと言ったら、そのとき受けていればよかったかもしれないと言われました。自分の体の違和感って自分にしかわからないですよね。強引にでも検査を受ければよかったと本当に反省しました」
軽かったため、その後は服薬しながら日常生活を送れているが、もっと重症だったら大変なことになっていたはず。結果的に検査代より多くの治療費や入院費を払うことにもつながったのは事実だ。
「自分の体は自分が管理するしかないので夫を責めるわけではありませんが、あのとき夫が『早く検査を受けてきたほうがいいよ』と言ってくれていれば、すぐにでも受けたと思う。夫はそんなことはまったく覚えていないようだし、蒸し返すつもりもありません。入院なんかしてごめんねと言ったら、『気をつけろよ。子どももいるんだし』とは言ったけど、入院中は全面的に私の母が家事をしてくれていたので、なんとなく夫のことは信頼できなくなりました。何ごとも起こらなければ、夫との関係は可もなく不可もなくという感じだったけど、こうなってみるとこの先のことも考えてしまいますね」
ことが起こったときこそ、人の本性が見えるのかもしれない。夫は自分の生活を変えることはなく、子どもたちのために何かしたわけでもなかった。コロナ禍で見舞いにも来られなかった子どもたちの気持ちが、アサコさんは心配だったが、そこをフォローしてくれたのも母親だった。この人と生涯、夫婦でいることはできるのだろうかと彼女は考えている。
とはいえ、中学生と小学生を抱えた今はどうすることもできない。せっせとスキルを磨いて下の子が高校を卒業する8年後までには、夫に経済的に頼らなくてもいいというところまで自分を高めたいとアサコさんはきりっとした表情で言った。