その場だけ適当にと夫は言うけれど
「夫の実家は本家なので、お正月やお盆、さまざまな冠婚葬祭で年に3、4回は親戚と顔を合わせます。結婚して10年たつのに、いまだに夫の親戚は多すぎて誰が誰やらよくわからないし、みんなけっこう社交的……というか図々しい人が多くて(笑)。そのたびにグサグサ傷ついてしまう。夫は『適当にやり過ごせばいいじゃん』というけど、そうもいかないんですよね」そう言うのはリサさん(39歳)だ。8歳と5歳の子を共働きで育てながら多忙な毎日を送っている。
彼女の実家はあまり人が集まらない家なのだが、夫のほうは何かにつけて集まりたがる家風。嫌なわけではないのだが、気が重いのだという。
「義母も、同居している義妹一家もいい人たちなんですが、親戚がねえ。義父の兄弟が多くて、その人たちがいつも『あんた、きれいだね』とセクハラまがいのことを言うし、『酌くらいしてくれたっていいだろー』と言い出すし。それを避けるためにキッチンで義母の手伝いをしようとすると、『リサさんがいないと始まらない』と義叔父たちが大騒ぎ。義母はごめんねって言うし、行かないと義母が怒られたりするのでしかたなくお酌して回っています」
それ以上、羽目をはずす人はいないのだが、お酌するたびにいろいろ話しかけられる。だがリサさんはそこでうまく話を盛り上げることができない。
「夫は叔母さんたちにお酌してはうまいことおだてて盛り上げてる。私たち夫婦は彼らからみると『都会に住むイケてる家族』なんですって。だから夫は、東京ではこんなことが流行ってるよとあることないこと言っているみたい。私にはそんな芸がない。『あんたたちも子どもは私立を受験させるのかい』と先日も聞かれたんですが、まだわかりませんよ、8歳なんだから。『いや、まだわからなくて』で会話が終わってしまう。夫は『うちの子たちは天才だからねー、学校のほうから迎えに来ると思うよ』なんて言ってました。調子がいいんですよね、夫は」
どうせ親戚が集まるときは、みんな半分酔っているのだから、適当に楽しいことを言っていればいいと夫は言うが、それができれば苦労はないとリサさんは思っている。
大勢集まるのが苦手
そもそもリサさんは、大人数が苦手なのだという。しかも親戚という「本当は違うんだけど、でも血筋でつながっているような濃厚な関係だとみんなが思っているような集団」だと、誰もが似たカラーを持っているような気がして、気後れしがちなのだそうだ。「みんなが私を監視しているわけではないし、それはわかっているんだけど、夫側はみんな理解し合っていて、私だけが浮いている気がするんです。褒められたいわけでも認められたいわけでもない。ただ、違う世界の人を見ているような、妙な気分になるんですよね」
子どもたちが、いとこ関係の子たちと遊んでいるのをぼんやり眺めていると、自分はどうしてここにいるのだろうと不思議な気持ちを抱くそうだ。
「夫側の親戚の中で、自分の立ち位置がわからない。本家の若旦那の嫁とみんなは見ているんでしょうけど、私の中では“嫁意識”はほとんどないし、夫も義母もそんなことは強要してきません。じゃあ、どうふるまったらいいのか。むずかしいですよね。ただでさえ、大勢の中での会話が苦手なのに」
いっそ他人同士なら、もっとドライに割り切れるのかもしれないが、なまじ“親戚”だからこそ、夫の立場も考えて身動きがとれなくなるのかもしれない。
しゃべるのが苦手なのでと聞くことに徹することもできるだろうが、「親戚」というのはそういうことを許してくれない雰囲気があると彼女は言う。
「夫の本家に行くと、自宅に戻ってからぐったりしてしまうんです。気を遣いすぎだと夫には言われますが。親戚の中で、硬直してしまう自分をどうにかしたい。まずは笑顔でいるしかないんでしょうけど、それがそもそも親戚の中ではできなくて」
仕事関係での人間関係は決して悪くはないというリサさん。夫の親戚だけが苦手で、なぜそれほどまでに気負ってしまうのか、自分で自分を恨みたくなると苦笑した。適当に流せない、きまじめな性格をすぐに変えるのはむずかしいが、嫌っているわけでもない人たちならば、「しゃべるのが苦手なので、すみませーん」とおちゃらけてしまうのもひとつの方法かもしれない。