人間関係

東大刺傷事件と「受験プレッシャー」…子の受験ストレスにどう接するべきか

【公認心理師が解説】「受験プレッシャー」で心が追い詰められてしまう子どもがいます。受験ストレスによる葛藤が背景と見られる事件が起こってしまいましたが、受験に挑む10代後半は、アイデンティティを形成する重要な年齢です。親や教師など身近な大人が子どもの「二極化思考」に気づき、考え方の幅を広げる工夫が必要です。受験ストレスを抱える子どもの心理と、大切な関わり方のポイントについて考えてみましょう。

大美賀 直子

執筆者:大美賀 直子

公認心理師・産業カウンセラー /ストレス ガイド

少年はなぜ受験プレッシャーに追い込まれたのか……東大農正門前刺傷事件から

図書館で勉強する男性

高みを目指して勉強するのはすばらしいこと。しかし、一つの目標しか見えていないと「二極化思考」に陥りやすくなる

2022年1月、東京大学の農正門前で大学入学共通テストを受験する受験生や通行人が切りつけられ、名古屋市に住む17歳の少年が逮捕されました。
 
報道によると、少年は東大医学部を目指していたものの成績が振るわず、悩みを抱えていたそうです。「事件を起こして死のうと思った」と供述していることからも、受験のプレッシャーで相当に追い込まれていた様子がうかがえます。
 
とはいえ、逮捕された少年は受験生ではなく高校2年生。受験まであと1年あり、これからいくらでも可能性を伸ばせる年齢です。なぜこのような事件を起こすほどに、精神が追い込まれてしまったのでしょう。そして、受験に挑む子とかかわる大人は、「受験プレッシャー」「受験ストレス」に悩む子にどう接していけばいいのでしょうか。
 

志望校へのこだわりは大切? 一方で視野が狭くなることも

受験成功の秘訣は、最初から自分のレベルを低く捉えず、目標をできるだけ高く設定して勉強に挑むことです。特に名門高校の生徒にとって「東大受験」を目標にして勉強に励むのは、自分を成長させるための方法のひとつだと思われます。
 
一方で10代の子どもたちは、まだまだ視野が狭いのです。東大でも他の難関大学でも、「ここが唯一の志望校」という“北極星”しか眼中にない状態で突っ走るだけでは、自分の実力の限界を感じたときに、パニックに陥りやすくなります
 
今回逮捕された少年は「東大医学部」という国内最難関学部を目指していたそうですが、その目標のみを掲げていたのなら、学力の停滞を感じてからは絶望の日々だったのでしょう。「志望校くらいで」「学歴くらいで」と感じる方もいるかもしれませんが、こだわっていた目標が達成できないかもしれないという不安によって、生きている意味もわからなくなり、東大受験生への嫉妬と憎悪も募り、今回の悲劇につながってしまったものと思います。
 

受験ストレス・受験プレッシャーが「二極化思考」を引き起こす

今回の事件は極端な例ですが、似たような心境を覚えたことのある若者も少なくないものと思います。受験プレッシャーに追われる若者は、「二極化思考」という認知のゆがみを持ちやすいためです。例えば、普通の感覚であればあまりに極端に感じられるものですが、志望校でなくては駄目だという思いが強すぎると、次のような非常に偏った思考に陥りやすくなります。
 
・「○○大学に落ちたら人生終わり。生きている価値がない」
・「○○大学を出なければ、この先も人生の敗北者だ」
・「○○大学に落ちたら負け組。勝ち組の人間に使われるだけ」
・「○○大学に入れば人生は一発逆転。金も名誉も手に入る」
 
受験に挑む若者の周りでは、時にこのような言葉が飛び交うこともあります。今回の事件の背景はわかりませんが、強い受験プレッシャーは、本人のこだわりの他に、親や教師などの周りの大人の発言や、友人との会話から聞いた言葉が原因になることがあります。この二極化思考のループにはまると、若者は大らかな見方で自分の人生を捉えることができなくなり、ゆがんだアイデンティティを抱えてしまいます。
 
「二極化思考」についてさらに詳しく知りたい方は、「「良いか、悪いか」の二極化思考でストレスをためる人」記事もあわせてご覧ください。
 

志望校不合格で人生終わり? 大切なのは「思い込みの修正」

志望校に落ちたからといって、人生が暗転することなどありません。志望と違う大学に進んだことで、思いがけず素晴らしい恩師や仲間と出会い、人生が豊かになった人もいます。回り道をしたからこそ視野が広がり、仕事の幅が広がった人もいます。
 
今回の事件の容疑者は医師を目指していたそうですが、実際に医師になっている人を見ても、高校からストレートで医学部に進んだ人ばかりではないでしょう。他学部から再受験して医学部に入りなおした人、社会人になってから医師に転向した人、何年も浪人して医学部に入る人もたくさんいます。
 
人生の歩み方には無数のパターンがあるのです。むしろ、回り道をして医師になった人の方が、多様な視点から医療に取り組むことができ、患者の痛みを察せられる名医になれるかもしれません。
 

周りの大人にできることは、子どもの「考え方の幅」を広げること

しかし、受験勉強に励む子どもは、どうしても学校や予備校で勉強漬けになりがちです。人生や考え方には無数のパターンがあるとしても、受験が近づくほど「偏差値」の比べ合いになるでしょう。こうした価値観の中にいれば、一旦陥った二極化思考から抜け出せなくなってしまうのも無理はありません。
 
だからこそ、周囲の大人は子どもの二極化思考に気づいたときに、「考え方の幅」を広げてあげることがとても大切になります。たとえば、子どもが「○○大学に落ちたら人生終わり」というようなことを言い出したら、二極化思考になっていることを指摘し、視野が狭くなっていることを気づかせることも大切です。
 
そして受験のことは脇に置き、「将来どんな仕事をして、自分らしく生きていきたいのか」、子どもが自分のアイデンティティを深く見つめるための質問を投げかけてみましょう。受験プレッシャーに追われる子は、目の前の受験のことしか考えられなくなり、その先の自分の生き方、つまりアイデンティティについて深く考えていないことが少なくありません。
 
「志望校に入れば、人生は選びたい放題」と短絡的にとらえ、何のために大学に行くのかを深く考えず、ブランドだけで受験を考えている子もいます。その結果、入学後に「こんなはずじゃなかった」と後悔し、そこから自分探しの迷子が始まり、モラトリアムを続けていく若者も少なくありません。
 
子どもの「アイデンティティ」について詳しく知りたい方は「高校生の意欲を奪う7つのNGワード…断定・否定の助言は毒」記事もあわせてご覧いただければと思います。
 

「偏差値思考」から離れて、対話を重ねて思考のバランスを取り戻す

繰り返しますが、人生の歩み方には無数のパターンがあります。偏差値だけで人生のクオリティが決まるわけでもなく、多様な人生を「勝ち組」「負け組」と単純にカテゴライズできるものではないのです。
 
受験に挑む若者は難関校挑戦の意識づけが繰り返される中で、狭い価値観に埋没しがちなのが実情です。だからこそ、受験プレッシャーによる二極化思考でストレスを募らせる子どもの様子を見かけたら、周りの大人が声をかけて対話を続けていきましょう

話し合うことで子どもの考え方の幅を広げて思考のバランスを取り戻させ、受験という勝負を超えた「自分らしい生き方」、つまりアイデンティティを深めさせることが大切になるのだと思います。
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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