一般人同士でも、なかなか婚姻届を出さないカップルはいる。お互いが納得して、あえて事実婚状態を選択しているならいいが、どちらかが我慢している状態が続くとどうなるのだろうか。
彼には最初から結婚する気がない
「学生時代から同棲している彼がいます。お互い、なんとなく結婚の話もしないままに20年も一緒に住んでいる。何度か引っ越しましたが、それでも離れない。かといって結婚しようかともならない。今まで、これはこれでいいと思っていたのですが、最近、このままだとどうなるんだろうと思うようになってきました」不安そうにそう言うのは、チアキさん(40歳)だ。40歳の大台に乗って、「もう妊娠できないかも」と感じて急に不安定な気分になったのだという。
「きちんと結婚の話をしたことはありませんが、なんとなく彼が結婚を嫌っているのはわかります。30歳前後で友人たちが結婚していったとき、『届を出さなければ安心できない関係なんじゃないの?』と皮肉っぽく言っていたから。私も当時は、私たちのほうが愛と信頼が上回っているよねと思っていたんです」
ところが30代後半、チアキさんは健康を損ねた時期もあり、何の保証もないこの関係はそんなにいいのだろうかと思うようになった。
「私たちは事実婚として公正証書を作っているわけでもなく、本当にただの同棲の延長なんです。だから私が手術するときも結局、同意書は父が書いた。結婚すればいいじゃないかと父にも言われました。だけど彼にはなんとなく言いづらくて……」
婚姻届を出したほうが、社会生活はスムーズにいく。それはわかっているし、チアキさん自身はそうしたい気持ちもあるのだが、これまでの20年を振り返ると、今さら婚姻届を出そうとも言えないのだという。
結婚したら関係性が変わりそうで怖い
もうひとつ彼女に不安があるのは、婚姻届を出して「正式な」夫婦になったら自分たちの関係が変わるのではないかということだ。「彼は人との距離に過敏なタイプ。『仕事関係の人とはこんな感じ、プライベートな友人はここまで心を開く』と決めているんじゃないかと思うほど。私はおそらく彼の中ではいちばんオープンな自分をさらけ出していい位置にいるはずですが、それでも入り込めないと思うところがあります。でもそれがあるから今まで続いてきたのかもしれない。だからもし婚姻届を出すなら、彼は『別居結婚のほうがいい』と言い出しそう」
決して気難しいわけではないのだが、距離感については神経質なのだという。だからこそ、彼女も結婚を言い出しづらいのだろう。
だからといってチアキさんが我慢しているということでもない。彼との生活はそれなりに楽しんでいるし、「妻扱い」されていないのは裏を返せば「自分をひとりの人間として尊重してくれている」と思えることも多々あるそうだ。
「彼は私を人に紹介するとき、いつも『僕がいちばん心を許している恋人です』と言うんです。その立場ってけっこう心地いいんですよね、私には。だから今まで20年もたってしまったんですが、果たして恋人というだけでいいのかどうか……」
恋人より妻が上というわけではないが、「社会的お墨付き」の関係なのは妻のほうだろう。チアキさんは経済的にも自立しているから、どうしても結婚を選択しなければいけないとは思っていないのだが、彼と一緒に住んでいると知らない人からは「いつまでも独身なのね」と言われることもある。それが少しつらい。
「結局、結婚できない人間だと思われたくないのかもしれません。自分では世間体など気にしていないつもりだけど、実際には私には彼がいますと公言したい部分もありますね」
彼はマイペースな人だから、そんなふうには思っていないように見える。独身だろうと既婚だろうと、人としての価値に変わりはないと彼は言うそうだ。
「そんな彼の価値観に私も染まっていたつもりだけど、なぜか最近、腑に落ちないなと思うようになっているんですよね。世間並みに結婚したいというのがそれほどいけないことではないはずですし。悶々としているというのが実情ですね」
少し寂しそうに彼女は微笑んだ。結婚したいなら結婚したいと言ってもいいのではないだろうか。結婚しても今の関係を育んでいけるよう話し合うことのほうが重要なのかもしれない。