私の離婚を知って、なぜか結婚相談所に入会した母
母娘の関係は千差万別だ。千差万別に複雑だと言ってもいいかもしれない。一見、仲がよさそうに見えても、聞いてみれば心の奥にしまいこんだ憎悪に近い感情が垣間見えることもある。
無意識に嫌味な態度をとる母親
「うちは周りから『仲がよくていいわね』と言われるような母子関係でした。でも私自身は中学生のころから母といると息が詰まるような気がしていた。先回りをする人なんですよ、なんでも。さて、と立ち上がって宿題をしようかなと思うと『宿題やったの?』みたいな。よくある話なんですけど、それが大人になってからも続くと、本当にうっとうしい」
セイコさん(39歳)は眉間にしわを寄せながらそう言った。10年続いた結婚生活を、つい半年前に解消。7歳の娘とともに、母がひとりで暮らす実家近くのアパートに越した。母親との関係から逃れたくて結婚したのに、離婚と同時に母の助けを借りざるを得なくなったのが悔しくてたまらないという。
「そういうとき、母は『まだ若いんだからやり直しがきくわよ』『できることはやってあげるから』と、いい人ぶるんです。実際、娘が学校から帰るのは母の家だし、今は夕飯まで世話になっているから何も言えないんですが……。それでも娘が白和えを食べたことがないと知り、『そんなものも作れないの?』としっかり嫌味を言われました。私だって子どもの頃食べたことなんてなかったですけどね」
アパートを解約してうちに来ればいいと何度も言われたが、それだけは避けたかった。早く帰れる日は、娘とふたりで食事をしたいし、仕事が休みの週末は、娘とふたりで過ごしたかったからだ。
「親切なようで冷たいんですよ、母は。母が行っている歯科に娘の分の予約をとってくれるというから任せていたら、自分の治療が終わったから予約をしてこなかった、と。意味がわからない。だったら最初から私が予約をとるのに……。そうやっていつでも自分本位なんですよね」
だから離婚は事後報告だった。そのときも一言、「みっともないけど、しちゃったものはしょうがないね」とつぶやいたそうだ。
「母としては離婚も容認したという意味で後半の言葉が大事なんでしょうけど、私がムッとするのは前半の“みっともない”です。そうやって自分の言葉が人を傷つけることには本当に無頓着なんです」
みっともなくて悪かったねと返したが、母は何も言わなかった。
結婚しようと思っている母
2カ月ほど前、母の家に行くと、テーブルに結婚相談所のパンフレットが積んであった。
「何これと言ったら、『あんたには刺激が強すぎるかもね』って。父が亡くなって3年、母は68歳です。別に再婚に反対するわけではありません。でも私が離婚したタイミングで結婚相談所に入会しようとしているのは、どうなんだろう、と。『あんたには勧めないから大丈夫』と笑うんですが、それもこちらの神経を逆なでするだけ」
たぶん、母に悪気はないのだとセイコさんはわかっている。母は自分の人生を考えているだけなのだろう。だが、それが彼女をいらだたせるのだ。
「そして、ある相談所に入会したらしいんです。それ以来、デートだパーティーだと出かけることが多くなって。それはかまわないけど、娘をひとりにすることもあるので気がかりで。先に言ってくれればいいのに、相変わらず『明日は残業だから娘の夕飯をお願い』とメッセージを送ると、『わかった』と言うくせに当日の夕方になってから、『デートするからやっぱり無理』と連絡がくる。早く言ってくれれば、娘の友だちの家にも連絡できるのに」
それがあってから、セイコさんは母を頼らなくなった。同時に、娘の食費として母に渡していた3万円も打ち切った。シッターさんを頼む費用に回したからだ。すると母は激怒。
「そもそも離婚で私に迷惑をかけ、娘の面倒を頼んできたくせに一方的に打ち切るのはおかしいでしょ、と言い出して。面倒を見てくれないのはそっちでしょと大げんかになりました」
とんでもないことをしでかすわけではない、近所づきあいも普通にこなしているし、嫌われているわけでもないらしい母。だが、そんな母が娘にとってはトゲのような存在になっていることは彼女のケースだけではないだろう。
「たまに昔のことなども思い出して、母を恨むような気持ちがわいてくるんです。小学生のとき、お小遣いをためて母に誕生日のプレゼントをしたことがあった。安物の香水をふりかけたハンカチでした。母は箱を開けるなり顔をしかめて、『無駄遣いして』と言った。そのあと、ありがとうと言ったけど、傷つきましたね。そういうことまで思い出すと心がキリキリ痛む。でも一方で、そんな些細なことで母親を恨むなんて私の器が小さいんだと憎悪がブーメランで戻ってくる。離婚したことは後悔していないけど、それによって母との関係が近くなってしまったのは悔やんでいます。このままここにいたら介護問題にも巻き込まれる。早めに離れたいけど、それができるかどうか」
セイコさんは、どうしたらいいかわからないと真剣な表情で言った。