遺産が入って、夫の性格が激変
なければ困るのがお金だが、お金は人生を狂わせることもある。まして不労所得を得たら人間は惑ってしまうだろう。それほど莫大な財産でなくても、一時に数千万円が手に入れば、正常な判断ができなくなる人がいても不思議はない。
夫の父親が亡くなって
「義父がなくなって、その遺産を手にしてから、夫は別人のようになってしまいました」
せつなそうにそう言うのは、マミコさん(39歳)。10年前に友だちの紹介で2歳年上の彼と結婚した。まじめで着実に努力を重ねるタイプの彼に、マミコさんは「一緒に人生を歩んでいくのはこの人」と決めた。
30歳で長女、32歳で次女を出産、家族4人で夫の実家近くに家を借り、地道に楽しく暮らしていた。一時期、専業主婦だったマミコさんも3年前からフルタイムで働いている。
「私が仕事復帰してすぐくらいに、夫の父親が60代で急逝したんです。夫はひとりっ子だったので、遺産は義母とふたりで分けることになったようです」
義父はごく普通のサラリーマン。遺産といっても家と預貯金が多少あるくらいだろうとマミコさんは思っていた。ところがあれこれ整理し、税金を引かれてもなお、夫の手元に4000万円の遺産が転がり込んだ。
「4000万って、すごい金額みたいに思うけど、年収400万と仮定したら10年分。たいした金額じゃないんですよね、実は。私たちの人生、まだまだあるんですから」
ところが夫は、見たこともないお金を手にしたせいか、人格が変わってしまったのだという。
「私がいくら年収10年分にも満たないんだよと言っても、実感として急に金持ちになったような気分が抜けなかったみたい。ある日突然、会社を辞めてしまったんです。しかもいきなり外車を買ったりして。『落ち着いてから使い道を考えて』と何度も言ったけど聞く耳を持たない。すぐ義母に連絡をとり、義母からも忠告してもらったんですが、暴走する夫を止められませんでした」
どっしり落ち着いて、慌てふためくこともなく、地道にがんばるタイプだったはずの夫が、突然入ったお金に浮かれまくっていく姿を、マミコさんは止めようもなく見つめるしかなかった。
「離婚だ、と思いました。このままいけば夫はあっという間にお金を使い果たし、仕事もなく落ちていくだけ。娘たちを巻き込むわけにはいかない」
離婚届を突きつけると
夫の様子をじっと見ていたマミコさんだが、どうやら夫はキャバクラで豪遊しているようだ。半年後、夫に離婚届を突きつけた。「このまま仕事もせずに遊び続ける気なの、あっという間にお金なんてなくなるよ、もう離婚したい、と言いました。夫はぼうっと離婚届を見ているだけ。私の実家は遠方ですが、義母が『とりあえずうちに避難してきなさい』と言ってくれたので、娘たちを連れて逃げ込みました。義母は淡々としていて、息子のことで謝るわけでもなく、かといって甘やかすような発言があるわけでもなかった。それが私には心地よかったですね。義母と夫は別人格だと私も思っていたので」
義母と娘たちとの暮らしが意外なほど心地よく、それから1年ほどはそんな状態で暮らしていた。マミコさんは仕事に精を出し、義母は家事と娘たちの世話を引き受けてくれた。そしてある日、夫が疲弊した様子で実家に姿を見せた。
「昼間、私も子どもたちもいないときにふらっとやってきたようです。1年半で3000万近く使い果たし、これからどうしたらいいかわからないと義母に訴えた。義母は『マミコさんの気持ちはもうあんたにはない。私もあんたのことはどうでもいい。来ないでちょうだい』と言い放ったそうです。義母強し(笑)。今後のなりゆきを見守ろうということになりました」
それから数カ月後、コロナ禍直前に、夫からマミコさんに連絡があった。
「正社員として仕事が見つかった。もう一度、やり直してもらえないか、と。とりあえず会って話をしました。娘たちにも意見を聞きました。一連のできごとは娘たちにも隠さなかったから、だいたいのことは知っています。長女は『お父さんが反省しているなら、少し一緒にいてあげてもいいかも』と。これを機会に義母との同居も考えたのですが、義母は『あんたたちだけで解決したほうがいい。ここは避難場所だと思っていいから』と。義母のスマートさに助けられました」
現在は元の借家で一家4人の生活を続けている。最初のうちは夫婦仲も父と娘たちの間もギクシャクしていたが、徐々にわだかまりは減っているそうだ。
「相当、女遊びもしたようですが、今は元の生真面目な夫に戻っています。つい先日、『オレほどのバカはいないな』とため息をついていたので、『そうね』と言っておきました(笑)。夫が使ったお金があれば、家だって買えたのにと思いますけど、それを言ってもしかたがない。ただ、私はまだ離婚も視野に入れています。いざとなると自分だけで身勝手なことをする人だとわかった以上、あまり信用しないようにしよう、とも思ってる」
夫とどう向き合っていくか、まだまだ渦中なのだとマミコさんは強調した。