婚姻届1枚で関係が変わる怖さを実感して
1年前、婚姻届を提出したものの今年になって離婚届を出した女性がいる。相手の男性とはずっと同居したまま。「婚姻届」がふたりにもたらした影響をしみじみと話してくれた。
7年間の同棲を経て
ユウカさん(39歳)が29歳のとき知り合った彼と一緒に住むようになったのは30歳になる直前。
「つきあって半年を過ぎたころ彼が、『あなたさえよければ一緒に暮らさない?』と。2歳年下の彼は穏やかな性格で、どんなときも人に無理を強いないタイプ。どんなにデートをドタキャンしても、『仕事じゃしょうがないよね』と言ってくれる。でもそうしていると会う時間がなくなるので、私もなんとかしなければとは思っていたんです。だから同居のお誘いはうれしかった」
一緒に住むようになってからは、「何の問題もなく快適な生活が続いた」という。それまでふたりともひとり暮らしだったから、基本的に自分のことは自分でやる生活が身についている。平日は食事も別々。スケジュールも知らせない。
「外に出たら何があるかわからない。急に誰かをご飯を食べたくなることもあるし、仕事が長引いて職場でお弁当をとることもある。そんなとき、『ごめん、今日は家で食べられない』と連絡するのは本当に面倒なんですよね。一緒に住むときそういう話もしました。すると彼は、じゃあ、休日以外は別々ってことでいいじゃない、とニッコリ。こういう人なら一緒にやっていけるかもと思ったんです」
独身時代と何も変わらない、仕事優先の生活ができて彼女は満足だった。彼も「気楽でいい」と言っていた。
「私は子どもを持つことも念頭になかったんです。彼もそれでいい、と。気が変わったら話し合うつもりでした。親にはそれぞれが言ってもいいし言わなくてもいいしということにしました。私は実家に戻ったとき、『一緒に暮らす人ができた』とは言いましたが、結婚については何も言わなかった。うちの親も何も聞きませんでした」
ところが彼のほうはそこをクリアできていなかったようだ。彼がユウカさんの存在を親に打ち明けたのは3年後だった。
「それ以来、結婚するのかしないのか、どうして結婚しないんだ、子どもはどうするんだとずっと責められていたみたいです。彼がそれを私に話してくれたのは一緒に住むようになって7年たったころです。ひとりで苦しんでいたのかと思うとかわいそうだった」
婚姻届を提出
単なる同居というわけではない。お互いに信頼関係と愛情があってこその同居である。だからユウカさんは、「あなたが望むなら、そして今までの生活が変わらないなら、婚姻届を出そうか」と彼に提案した。彼は「僕自身、婚姻届はどうでもいいんだけど」と言いつつ、親を安心させるためにはしかたがないと判断したようだ。「ふたりで彼の実家に行って、親の前で婚姻届を書きました。提出しない方法もあったけど、親を騙すのも申し訳ないから提出しました」
ところがそれから彼の親がふたりの生活に干渉してくるようになった。ユウカさんの携帯に義母からやたらと電話が入る。息子ふたりを育てた義母だが、彼の弟は海外暮らしだから、義理の娘ができたのがうれしくてたまらなかったようだ。
「気持ちはわかるけど、正直言って、義母と電話で世間話をする時間がないんです。出ないと今度は彼のところにかけて愚痴るようで……。幸か不幸か、コロナ禍だったから彼の両親が東京に来ることもありませんでしたが、いつも『終息したら遊びに行く』と言っていました。きっとしばらく滞在するつもりなんだと思うと彼もちょっと恐れていましたね(笑)。冷たいわけじゃないけど、毎日のように電話がきたり、さまざまなものを送ってこられるのもストレスになっていったんです」
ユウカさんも彼も、在宅勤務とは縁のない仕事だから、大量に野菜を送ってこられても消費しきれない。廃棄するのも心苦しいので、大量の野菜は同じマンションの人たちに配って歩いた。
「彼が食べきれないからもう送らなくていいと言ったら、今度は義母が作った惣菜が冷凍便で届くようになって。それもいらないと言ったら泣かれたそうです。義母もコロナ禍で外に出られず、ストレス発散で料理をしているのかもしれないと彼は言っていました」
1年近くそんな日々が続き、ユウカさんは今年の春、彼に「離婚しよう」と言った。もちろん離婚届を出すだけだ。さまざまな手続きはめんどうだが、「人のために婚姻届を出したこと自体が間違いだったのだから、元の関係に戻りたい」と強烈に思ったのだ。
「彼は、『僕もそのほうがいいと思う』と。離婚届を提出して、彼からご両親に伝えてもらいました。離婚届の写真も見せて。さすがに私のほうに義母から連絡が来ることはなくなったし、ひとり暮らしに戻ったのなら勝手にしなさいと言われたらしく、何も送ってこなくなりました。もちろん私たちは同居していますし、生活は何も変わらない。でもあのままだったら、彼と私の関係にヒビが入りかねなかった。無理して婚姻届なんて出さなくても、彼の両親を安心させる方法はあったのかもしれないと今は話しています。形にこだわる親に形で答えようとすると、こちらが無理をすることになる」
今の形に戻ってよかったと思っています、とユウカさんはホッとしたような表情を見せた。