出会ったのは、「友だちの元カレ」だった
世間は広いようで狭いものだ。接点のなさそうな自分の知人ふたりが、実は意外なところでもともと知り合いだったということもときどきあり、「えー、あなたはあの人のことを知ってたんだ」と驚かされたりする。
それが恋愛がらみだと、思わぬ葛藤を生むこともある。
運命の人だと思った
3年前の夏、アミさん(36歳)は、偶然、ある男性に出会った。「運命のような出会いだった」と言う。
「通勤途中の電車の中で、私、具合が悪くなってしまったんです。一駅手前で降りて思わずベンチに崩れるように座り込んだ。『大丈夫ですか』と声をかけてくれたのが彼でした」
同世代に見えた彼は、駅に連絡すべきか救急車を呼ぶべきかと迷ったようだ。ときどき起こる貧血の症状だから大丈夫だと彼女は伝えた。
「そうしたら彼、ちょっといなくなったんですが、戻ってきたその手には冷たいペットボトルが3本も。1本は開けてくれたので飲みました。『こちらも飲んでください』と野菜ジュースを手渡され、あと1本は首筋に当ててくれたんです。もっと冷やしたほうがよければ氷を買ってきますと言ってくれました」
困ったときに的確な対処をしてくれる親切なその男性に、彼女は丁寧にお礼を言った。よかったら名刺をいただけますかと言ってもらっておいた。
しばらくすると気分もよくなり、彼女はやってきた電車に乗ったが、彼は最後まで彼女を心配しながら見送ってくれた。
「自分だって仕事があるでしょうに、『会社はこの駅からすぐですから大丈夫です』とそばにいてくれて。ありがたかったです」
会社に着いてしばらくたったとき、彼女は改めて彼のしてくれたことに感謝する気持ちがわきおこってきた。
「その日の夕方、彼に電話をかけました。1日、なんとか無事に仕事ができたのは彼のおかげだったので。彼は『よかったー、心配してました』って。うれしくなって、よかったら近いうちランチでもと誘ったんです」
2日後、アミさんの会社の近くでふたりはランチをした。彼は同い年だったが、30歳のときに結婚したと聞き、「少しがっかりしました」と彼女は言う。
泥沼不倫へ
だがそこで終わらないのが男女の仲。ランチが楽しかったからと再度、どちらからともなくランチに行き、ディナーに行くようになり、一緒に飲みに行くようになっていった。「既婚者とつきあうつもりはなかった。なのにどんどん彼に惹かれていく自分がいました。それまで不倫なんてしたこともないし、人に後ろ指をさされるようなことだけはするまいとも思っていた。何年か前に学生時代からの親友が不倫をしたことがあって、私、彼女をひどく責めたんです。結局、彼女は彼に翻弄され、ぼろぼろになってやっと別れを決めた。そういう恋愛は時間の無駄だと私は思っていました」
そんなアミさんが既婚の彼にはまっていった。彼は「僕なんか、アミさんとつきあえるような立場じゃないから」と弱腰になる。「私が好きだと言っているんだから」とアミさんが彼を口説くようになっていった。
「今思えば、それが彼の手口なんですよね。自分が口説いたわけじゃないと言い訳するために、そういう手法をとる。逃げれば追いたくなるのが心理。彼は私の気持ちを利用していたんだと思います」
ある日、彼女は酔って歩けないふりをした。タクシーで送ってきてくれた彼が部屋に上がってベッドに寝かせてくれたところで彼に抱きついた。
「彼は『あなたを不幸にしたくない』と言うので、私は幸せだからと言いました。実際、半年ほどは彼との親密な時間がけっこうあって、愛されている実感があった。でもそれからなんとなく連絡が減っていって……。彼が逃げようとしているんじゃないかと疑心暗鬼になってはしつこくメッセージを送ったりしてしまったんです」
それからは会うたび言い争いになった。もっと会いたいアミさんと、家庭があるのは最初からわかっていただろうと言う彼との間に妥協点は見いだせない。
「でもたまにはお互いにごめんねと言って、いい時間を過ごすこともありました。私にボーナスが出たとき、彼にごちそうすると言って人気のレストランに行ったんです。そうしたらそこでばったり学生時代からの親友に会ってしまった。そう、私が不倫を糾弾していた彼女です」
アミさんを見つけた彼女がテーブルにやってきたのだが、彼女は彼を見て凍りついたように動かなくなってしまった。そして大きな声で言ったのだ。
「アミがつきあっていたのはこの人だったの? コイツだけはやめたほうがいい。私が妊娠したとわかったとたんに逃げた男だよって。そんなことがあったとは知らなかったし、そもそも彼女の不倫相手が彼だとも知らなかったから、私はあまりのショックで動けなくなってしまって……。彼は彼女を振り払うように立ち上がると、そのまま店を出て行ってしまいました」
説明を求めようと電話をしても、彼はまったく出ようとしない。親友は「とにかくアイツとは関わらないほうがいいよ。ボロボロになるだけだから。そんなアミを見たくない」と言った。よほどつらい思いをしたのだろう。
「彼女には言えませんが、ボロボロになるほどの恋だったことが少し羨ましいんです。私は彼とはそこまでの関係になれなかった。そう言うと親友は『そういうことじゃないよ、傷ついた恋愛のほうが大恋愛だったなんて、あなたの勘違い』って。そうかもしれませんが、どうせ恋するならボロボロになりたいような気もするんですよね」
その後、アミさんは親友の助言に従って、彼には連絡をしなかった。彼からも連絡はこなかった。
「これでよかったと思う半面、その程度の関係だったのかとも思って……」
恋の重みはいったい何で量ればいいのだろうか。