どうやって自分を肯定すればいいのかわからない
「自己肯定感をもたなければいけない」とよく言われるが、この「自己肯定感」とはいったい何なのだろう。開き直って言ってしまえば、「自分と一生つきあうのは自分しかいないのだから、自分を否定してばかりいてはつらくなるだけ」ではないか。だが、問題はもっと根深いところにあるようだ。
褒められたことがない
「私、子どもの頃から親に褒められたことがないんです」
そう言うのは、ヒサエさん(38歳)だ。結婚して5年、3歳の長女がいるが、娘を褒めようとするたびに「嘘っぽいことを言うのではないか」と恐れて褒めることができないという。彼女自身が褒められたことがないため、どうやって褒めたらいいのかわからないと困惑したように話してくれた。
「母親はすごく厳しくて、父は子どもに無関心。そんな家庭だったんです。今思えば、母は夫に不満をもっていて、その反動なのか私に厳しかったんだと思う。弟は甘やかされていましたね」
母の望んだ中学受験に失敗したときは、3日くらい口もきいてもらえなかったという。
「お母さんがどのくらいあなたに時間と労力とお金をつぎ込んできたと思ってるの、それなのに失敗するなんて。やっぱりダメな子だったのねと言われて。それが決定打みたいなものでしたね。受験に受かっていれば、母は褒めてくれたかもしれない、でも褒められなかったのは自分のせいだとずっと思っていました」
何かがおかしい、母は自分の見栄のために私を利用しているのだと気づいたのは高校生になってから。そこから彼女は自分を止められなくなった。
「グレましたよ。高校時代はけっこうひどかった。中退寸前までいったとき、ひとりの先生に出会って気持ちが変わったんです。その先生は私を『あなたの個性が私は好き』と言ってくれた。美術の女性教師で、私も実は絵を描くことが好きだったので、それから必死になって美術の勉強をして美大に進むことができたんです」
教師は認めてくれた。それでも彼女の心の奥深くには、親に認められていないコンプレックスがずっと黒い塊のように残っていた。
美大を出てデザイン関係の会社に就職、同時に家を出て自活しはじめた。やっと解放された、これで自分の好きなように生きていける。そうは思ったが、孤独感はあった。
孤独は愛する人にも埋められない
仕事をし、恋をした20代。だが「何か」が埋まっていない気がしていた。「母との関係がずっと尾を引いていたんでしょうね。もう自分でも気づいていたけど、今さら母にすり寄ることもできなかった。30代に入ってすぐつきあい始めた夫は、とても優しい人で、私に寄り添ってくれました。だけど母への恨みみたいなものは話せなかった。彼自身、すごくいい家庭で育っているから、家族観で憎悪が飛び交うなんてことを信じられないタイプなんです。義母も私のことをとても思いやってくれる。でも義母に愛されれば愛されるほど、私は実母に褒められなかった自分を否定、あげくこんな思いを今もさせる母を恨んでいくんです」
優しい夫、優しい義両親、あげく夫の妹まで慕ってくれる。それでいいと思えばすっきりするのかもしれないが、優しくされればされるほど、せつなくなって孤独になるとヒサエさんは言う。
「わがままかもしれませんが、実母とのことがしこりになっている以上、私は娘を愛することもできないんじゃないか。そう思って、つい先日、久しぶりに実母に会って、『おかあさんは、どうして私のことを褒めてくれなかったの』と聞いてみたんです。すると母は『何言ってるの、何のこと?』って。だから中学受験の話を持ち出してみたんです。すると母は、『そんなこともあったね』と。私を傷つけた意識なんてまるで持ってないんですよね。そこでもういい、と精神的に母を見切ればよかった。だけど相変わらず私は、どうして私を認めてくれなかったの、どうして褒めてくれなかったのと執拗に聞いてしまったんです」
結果、母から思うような答えは返ってこず、彼女は「無駄に」傷ついたという。娘に同じ思いはさせたくない。そう思っているのに、褒めようとするとぎこちなくなる自分がいる。
「理屈ではわかっているのにもどかしいです、自分が。親が無理なら自分で自分を肯定してやりたい。でもやっぱり自分の欠点ばかりが気になって。周りを見ると、ママ友はみんな生き生きと仕事をして明るい笑顔で子どもに接している。私は仕事をしているときはそれなりにがんばっているつもりだけど、家庭ではひたすら夫と娘に支えてもらっているだけ。そしてふたりに恩返しもできない」
謙虚なのはいいことだが、謙虚も度が過ぎると自分がつらくなるだけだ。
ヒサエさんには何度か会った。数回目に娘を連れてきた。おしゃべりが大好きなかわいい子である。
「この子、みんなにそうやって褒められるんです。私も褒めなきゃと思えば思うほど口がうまく動かないんですが……」
目の前で褒めてみてほしいと無茶振りした。ヒサエさんはしばらく黙りこくっていたが、娘がおとなしく絵を描いているのを見て「上手ね」とぽつりと言った。娘が母を仰ぎ見た。「すっごく上手、きれいに描けてる」と私が引き取った。
ヒサエさんは、「本当に上手」と少し大きな声で言った。3歳の娘がとびきりかわいい笑顔を見せて母に抱きついた。