「冬彦さん」でイメージ定着? 深層心理学の概念「マザーコンプレックス」とは
「マザーコンプレックス」の根源にあるものとは? 「グレートマザー」との対決で青年は大人になる
いつの時代でもマザーコンプレックスを持つ人は少なくなく、性別を問わずに生じます。平成時代にはドラマの影響で「冬彦さん」の名で知られたため、男性に多いイメージが強いかもしれません。「彼氏がマザコン気味」「夫がいまだにマザコンで困る」といった声も聞かれます。今回は男性のマザーコンプレックスについて解説します。
「グレートマザー」の二面性……正と負の「お母さんイメージ」
上述のように、マザーコンプレックスは深層心理学の概念です。ユング心理学では、誰の心の中にも深層には「グレートマザー」という母親元型が存在し、それが私たちの思考や感情に無意識的に影響を与えていると考えられています。「グレートマザー」のイメージには、二面性があります。正の側面は、温かい愛情で子どもを包み込む、優しい母性の象徴としての母親像。負の側面は、母性で子どもを骨抜きにし、子どもの自由な意思や成長を阻害する支配者としての母親像です。
この「グレートマザー」の二面性を、私たちは現実の母親にも投影して見ています。「お母さん」には子を守る包容力がある一方で、その力が子を甘えさせ、自力で戦う勇気を失わせてしまう。現実の母親に、そんな正負の両面があることを感じている人は多いのではないでしょうか。
思春期~青年期の成長期に起こる「母親像」との対決
「グレートマザー」は、男性の心にどのような影響を与えているのでしょう?性別を問わず、人は大人になる過渡期、つまり思春期から青年期にかけて、爆発的な成長を遂げます。この時期は「第二の誕生」と呼ばれ、児童期までの自分をリセットし、自力で人生を築き始めます。
この時期には子の心の中でたくさんの「戦い」が生じ、言葉にならない葛藤や苛立ちとして表れます。なかでも、避けて通れないのが「グレートマザー」との対決です。
家庭の温かさに背を向け、厳しい社会の中に飛び出していく。傷ついても母親の懐には戻らず、自分で自分を癒していく。あるいは指導者や仲間とのかかわりの中で、互いを癒し合う術を身につけていく。
自分を守り甘やかせる「グレートマザー」から離脱し、自力で生きる努力をするのが、「第二の誕生」に課せられた課題です。
男性が「マザコン化」しやすいのはなぜ? 女性より切実な事情
この「グレートマザー」との対決を、男性は女性より切実なものとして受け止めているようです。なぜなら、女性がコミュニティに守られ、子を産み育てる歴史の中で生きてきた一方で、男性は外敵と戦い、コミュニティを守る責務を負う歴史の中で生きてきたからです。現代を生きる私たちは、歴史が規定してきた男女の役割から解放され、自分の人生を自由にデザインできる権利を得ています。一方で、私たちの心には、性別ならではの考え方や価値基準も脈々と受け継がれています。
そのため、男性には自立への思いが人一倍強く、「グレートマザー」との対決も切実なものと感じる人が多いのではないでしょうか。
「グレートマザー」への敗北が「マザーコンプレックス」のはじまり
ところが、母親が凌駕できないほど強大で、自分にはかなわない存在だと感じる場合、「グレートマザー」との対決をあきらめ、母親に従う道を選びます。「マザーコンプレックス」を持つ男性の多くが、この「グレートマザー」への敗北を経験しています。「グレートマザー」に敗れて「マザーコンプレックス」を抱えると、自分で考えるより先に、母親の顔色を窺い、母親の考えを探ろうとします。「最終的には母親の考えが正しい、あるいは強い母親の意見が通ってしまうのだから、苦労して自分で考えるのは無駄」と考えるからです。
一方で、母親に支配されるストレスから逃れるため、手近な方法で発散する術も覚えます。口うるさく言われると部屋にこもってゲームや動画閲覧に時間を費やし、思考をシャットアウトするのは、そのためです。
こうして「マザーコンプレックス」が強くなると、母親の影響から離れた自分自身の考え方を深められず、自分にとって何が最良で、どのように人生をデザインしていきたいのかがわからなくなってしまいます。
平成と令和で異なる「冬彦さん」像……マザコン傾向の違い
平成時代にドラマで話題になった「冬彦さん」も、「マザーコンプレックス」によって母親に人生を操られた存在です。しかし、この時代はまだ男性の人生の選択肢が限られていました。そのため平成の「冬彦さん」たちは、母親が望む高学歴で社会的信用度の高い職業に進み、実質的には母親に支配されながらも、社会的には成功して家族を養うことができる。平成の「冬彦」さんには、そのような例が多かったのです。
では、令和時代はどうでしょう? 男女ともに多様性が尊重され、行動の自由も職業の選択肢も飛躍的に増えました。プライバシーが重んじられ、他人がよその家庭の問題に口出しをすることはタブーになりました。
そのため、令和では「マザーコンプレックス」を持つ男性の人生の多様性が増しているように思えます。平成の「冬彦さん」のように母親が望む社会的な成功を目指す人もいますが、母親の包容力に甘えながら、社会的責任への意識を高めずに生きる人も多くなりました。
温かい家と自動的に与えられる食事、快適な実家暮らしがずっと保障されているなら、外に自分の居城を築く必要もないと考える人が増えるのは、自然のなりゆきなのかもしれません。
実家暮らしで生活に困らないなら、好きなことでできる範囲で収入を得ればよい。伴侶にはバリバリ働いて安定的な収入をもたらし、行動の自由を許してくれる「グレートマザー」のような女性を選べば、母親的な包容の中の暮らしに安住し続けることもできます。
自分らしい人生を生きるために……心の底から湧く思いを大切に!
上述のように、令和の「冬彦さん」は平成の「冬彦さん」に比べると、自由であるがゆえに自分の人生をスポイルしてしまうリスクを抱えています。いずれにせよ「マザーコンプレックス」を持ち続けると、心のどこかに自分の力で人生を切り開けていない不全感を覚えます。
自分自身を内省することが、自分の本心と向き合い、選ぶべき道が見つける助けになります。ぜひ、心の底から湧き上がる思いとじっくり対話をし、自分はどうありたいのか、どのように生きていきたいのか、考えを深めていきませんか?
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