コロナ禍で偏狭になっていく私
家で過ごす時間が長くなった今、夫婦や家族のあり方も以前とは様子が違うという人が増えている。つい周りと比べてしまったり、楽しみを見つけられずに沈んだり。そして自分自身が偏狭になっていくのを感じている女性も多いようだ。
友人の幸せを喜べない
自分の心の動きが不安になるというのは、アリサさん(40歳)だ。結婚して10年、共働きでひとり息子を育ててきた。二人目もほしかったが、今までできずにいる。コロナ禍で息子の心理状態を心配したが、今のところは大丈夫なようだ。
「ところが私自身がいちばん心配なんです(笑)。最近、自分でもなんだかイライラしているし、友人の幸せを喜べなくなってる。大学時代からの仲のいい友人が、不妊治療のかいあってようやく妊娠したという知らせがあった。彼女がどれほど大変だったか知っているのだから、本当なら喜ぶべきところなのに、私、内心、このコロナ禍で何やってるのと思ってしまったんですよ。もちろん本人には言いませんでしたけど」
瞬間的に心に浮かんだことが本音だと感じ、彼女は自己嫌悪を覚えた。それだけではない。やはり長年仲良くしている女友だちが、5年にわたる婚活を実らせてこの春、結婚したのだが、彼女から結婚式をしたいけどどう思うかと聞かれたとき、「この時期に結婚式をするなんて非常識にもほどがある」と言ってしまったのだという。
「彼女、すっかり落ち込んで『そうよね、ごめんね』って。ハッとしました。もっとほかに言い方があるはずなのに、どうして幸せな人の気持ちに共感できないんだろうと。私、友人たちにそんな態度をとったことなんて一度もなかったはずなのに……」
その話が他の友人にも伝わり、「アリサはおかしい、あまり関わらないほうがいい」という噂まで流れているそうだ。
「嫉妬心があるわけじゃないんですよ。ただ、やっぱり私も家族もすごく我慢しながら生活しているんでしょうね、自分が思っている以上に。だから幸福に向かおうとしている人に、そんなことしている場合なのかと言いたくなってしまう。私自身、家族がいることで救われている面があるのに、心が狭すぎますよね。わかっているんですが」
まずは自分が落ち着くこと。最近、彼女は会社のメンタル相談に通うことを決めた。
近所はみんな幸せそう
ミチカさん(42歳)は結婚して10年、8歳と5歳の子がいる。フリーランスの夫は、コロナ禍で昨年から仕事が減り、今年はさらに悪化しているようだ。「もともと夫は収入が不安定でしたから、会社員の私の収入が基本的な生活費となっていました。夫も『今は大変だけど、コロナがおさまったらまた巻き返せるから』とは言っています。そのための努力もしていると。それは見ていてわかるし、夫が家にいる時間が増えたから、子どもたちの精神面にもいい影響がある。彼は家事も料理も上手ですし」
それなのに、彼女はときどき、夫に言ってはいけないようなことを言うようになった。たとえば夫がうっかりシャツを汚してしまったとき。
「そのシャツは夫が数日後に仕事関係で着ていく、いいシャツだったんです。夫が青ざめているからショックを受けたのはわかっているのに、私、つい『ああ、また無駄な出費が増える』とつぶやいてしまったんですよ。夫はひどく傷ついたような顔をしていました」
夫が「今日はちょっと贅沢しちゃった。いい肉が安売りだったからね」と自慢げに言った夕食の席でも、ミチカさんは「安売りだって、うちの経済で買っていいとは思えない」と言葉を漏らした。
「世帯収入としてはかなり減っているのを、夫はあまり深刻に受け止めていないんです。私、そういう危機感を共有できないことにいらだっているのかもしれません」
最近、子どもたちが怯えたような表情でミチカさんを見ることがある。それが夫の入れ知恵によるものではないかと不信感を抱き、そんな自分を彼女は恥じた。子どもの前で夫に皮肉ばかり言っているのは自分だからだ。
「それだけじゃなくて、近所の動きも気になって……。隣の家が車を新調したり、向かいの家が血統書つきの犬を飼い始めたり。他の家は経済的に苦しくないんだなと思うとうらやましいし妬ましい。夫も最近は私を腫れ物に触るような感じで」
家族がいて家があって、食べるものにも困らない。それだけでは人は安定した心をもてないのかもしれない。今はみんなが苦しいと言われても、近所を見渡せばけっこういい暮らしをしている人ばかり。彼女の不満もわからないではない。だがこのままでは、彼女自身が潰れてしまう。それは家族が苦境に陥ることを意味している。
「だから私ががんばらなくてはと思ってずっとがんばってきたんです。母に愚痴を言ったら『他人と比べてもしかたがないでしょ』と笑っていました。私もそういう境地に達することができればいいんですが……」
肩の力を抜いて深呼吸して、少し気楽にするしかないんですけどねと彼女はつぶやいた。すべてわかっているのだろう、わかっているからこそ苦しんでいる。こういう声は彼女だけではないはずだ。