何のために生きているのか……やりたいことがない
「夢」や「希望」を口にする人は多いが、誰もが大きな夢を持って生きているわけではない。「平凡な幸せがいちばん」と言いながら、その平凡な幸せも手にできないと思っている人も多い。ささやかなことでも、「これをしているときが楽しいと思える」ならよしとしよう。案外、そう考えている人も少なくないのではないだろうか。
やりたことがない
「考えたら、子どもの頃はキャビンアテンダントになりたいとか獣医師になりたいとか、いろいろ夢があったんですよね」
浮かない顔でそう言うのは、ユウコさん(33歳)。いつしかそんな夢も忘れ、大学を出ると一般企業に就職した。安定した仕事があるだけでありがたい。そんな気持ちだったという。
「私が就職活動をしているころ、父が勤めていた小さな会社が倒産したんです。寄らば大樹の陰だと父がつぶやいたのが印象に残っています。がんばって大企業に就職したとき、父は喜んでくれました。そのときはそれでいいと思っていた」
古い体質の大企業のため、ユウコさんはずっと企画開発部のアシスタント。企画書を出しても上司に握りつぶされる。一度は彼女の企画を上司の名前で提出させられたこともあった。
「仕事をしてもしなくても給料は同じ。それならあくせくしなくていいと気持ちを切り替えたのが27歳のとき。それ以来、仕事は生活の糧を得るものだと割り切るようにしてきました」
20代のうちに、みんながやるようなことはほとんどやってきた。海外旅行、グルメツアー、ヨガをはじめとしたスポーツ、ステンドグラスや陶芸も習ってみた。だが何をやっても「楽しい」とは思えない。
「恋といえるかどうかわからないけど、男性とつきあってもみました。でも、相手のちょっとした一言が気になって別れてしまうんです。たとえば3年前に別れた人は、私があんまり料理に興味がないと言ったら、『え、女のくせに』って。料理は女だけのものじゃないのにね。その一言ですっと気持ちが冷めました」
関係が1年以上続いた人はいないという。友だちには「ユウコは神経質すぎる」と言われたそうだが、気持ちが冷めてしまえば恋は続かない。
このまま生きていくのが苦痛
ひとり暮らしで、週末は誰とも話さないこともある。コロナ禍で週に2回の出社ですむため、去年からは人と話さないことが激増した。「28歳のとき小さなマンションを購入したんです。一生、ひとりで生きていくことになりそうだなと思って。その部屋にこもっていると、私、何のために生きているんだろうとつい考えてしまう。私は地方出身で、四人きょうだいの末っ子。実家には両親がいますがもう兄の代になっているから、帰るとしても年に1度くらい。実家とは縁が薄くなっています。私がいなくても困る人もいない。必要としてくれる人がいるわけでもなく、自分が楽しめるものがあるわけでもない。こういうとき、人は何を目的に生きていけばいいんだろうと考えてしまうんです」
好きなことがある人がうらやましいとユウコさんはしみじみ言った。独身の友人の中には、フラメンコにはまってスペインまで行き、自分でも習い始めてますますはまっている人がいる。お菓子作りに夢中になって、友人たちに配っていたら教えてほしいと言われて、本業のほかに仕事の道が開けた人もいる。
「別に他の道でプロにならなくてもいいんです。彼女たちを見ていると、とにかく楽しいこと、やりたいことがあれば人は幸せなのではないかと思う。私には何もない。見つけるのも疲れました」
休日は散歩くらいはするが外に出ず、家でだらだらと動画などを見て時間を過ごす。だが、いろいろな動画を見ても、やってみたいことには出会えない。
「何にも興味をもてないのは、私に問題があるのかもしれないと最近は思うようになりました。もともと持っているエネルギーが低いのかなあ、とか」
ユウコさんは決して「暗い」感じではない。ただ、今の段階で人生を振り返ったり現状を考えたりすると、「やりたいことがない」の一言に尽きるのだという。
「このままじゃダメだという焦りはないんです。でも私みたいな人間って他にもいるのかなとよく思います。自分以外のみんなが楽しそうに見えるから。きっとひとりひとり話を聞いたら、みんな悩みもあるんでしょうけど」
彼女のような思いを抱いている人は、コロナ禍でないとしても、少なからずいるのではないだろうか。
生きるって大変ですよね。ユウコさんは自分に言い聞かせるようにそう言った。