ネットで出会い、リアルでデートしたら……
ネットでたまたま知り合った人とリアルで会い、たまたまお金をもらってしまった。そのとき女性はどう感じるのか、そしてその後どうなるのか。結果的に対照的な選択をしたふたりの女性から話を聞くことができた。前編では、「割り切れない気持ちが残った」という女性の声を紹介しよう。
ショックが大きくて
「最初は軽い気持ちだったんです」苦悩の表情でそう言うのは、エツコさん(42歳)だ。結婚して11年、9歳のひとり息子がいる。
「夫とはあまりうまくいっていません。コロナ禍で夫の会社の業績も悪いようで、ストレスがたまっているんでしょうね。いきなり怒鳴ることが増えました。残業代も激減しているので、私はパート仕事を増やしています。今のままだと将来、息子の学費さえ捻出できないかもしれないと不安が募っています」
先が見えず、息がつまるような生活の中、エツコさんはネットでひとりの男性と知り合った。
「私、伯父の影響で70年代のロックなどが好きなんですが、夫はまったく音楽に興味がない。ときどきネットの趣味サイトみたいなところで同好の士と語り合っていたんです。今年になってから、息抜きにとけっこう頻繁にアクセスしていたら、同世代の男性と意気投合しました」
ともに都内在住、しかもエリアが近いとわかり、エツコさんは彼の誘いに乗って会うことにした。
「趣味を同じくする友だちとして会うという気持ちだったので、男性とふたりきりといっても、それほど罪悪感はありませんでした。しかも私がパートの休みの日にランチをするだけでしたから」
だが、当日、着るものには気を遣った。心のどこかには「デート」だという気持ちがあったのかもしれない。
「彼は会社員です。当日は代休だから夕方までゆっくり話ができると。とある駅前で待ち合わせたんですが、お互いにすぐにわかりました。写真交換もしていないのに。それから駅近くのシティホテルのレストランで、おいしい中華を食べました」
話も音楽を中心に盛り上がり、初対面だと思えないほどだった。食事が終わると、彼はもう少し時間がありますかと紳士的に尋ねてきた。
「大丈夫だと答えると、彼は上へ行きましょうとエレベーターに乗りました。私はてっきりスカイラウンジみたいなところでお茶でもするのかと思ったんです。降りると部屋が並んでいました。私が怯むと、彼は『ゆっくり話したいだけ』と。なんとなく雰囲気に流されて部屋について行ってしまったんです」
部屋に入ると、窓から都内が一望できた。思わずわあっと声を上げて窓ぎわに近寄った彼女を、彼は後ろからそうっと抱きしめてきた。
「もう拒絶できないと感じました」
正直言うと、「とても素敵な時間だった」とエツコさんはつぶやいた。
「ネットでの連絡先以外、相手の素性は何もわからない。名前だって本名かどうかわからない。それでも自分が女だったと感じさせてくれる時間だったんです」
だが、彼に執着してはいけないとエツコさんは感じた。だから「またね」と、彼女は先に部屋を出た。
「帰ってきてからも体が火照っていました。一息つく暇もなく、ちょうど息子が帰宅したので、ドキッとしましたね。今日のことは深く考えないようにしようと決めて、いつも通りの日常に戻ったのを覚えています」
その晩、翌日のパートに備えてバッグを点検していると、見慣れない封筒が外側のポケットに折りたたまれて入っているのを見つけた。
「なんだろうと開けてみたら、3万円入っていました。最初はわけがわからなかったんですが、昼間会った彼が入れたんでしょう。それ以外、考えられない。3枚のピン札を手にして、私は途方に暮れました」
自分は何を売ったのだろう。体なのか時間なのか、それとも心なのか。自分が売ったのではなく、知らないうちに買われていたのか。エツコさんの心が乱れていった。
「善悪の問題ではないんです。お金を前にして混乱してしまった。3万円って、私のパートのほぼ30時間分です。6時間パートの5日分。それを一緒に食事して、ああいう行為をしただけで得てしまった。お金の価値ってすごくいいかげんで、不条理だと思いました。それ以上に、何か納得できないものが残りましたね」
こんなことをしてはいけない、という気持ちではなかった。羞恥心とも罪悪感とも違う、なにか割り切れないモヤモヤが心の底にたまっていく感じだったと彼女は言う。
「ただ、これを続けてはいけないと思ったんです。だから彼と出会ったそのサイトにアクセスするのはやめました。他の音楽関係のサイトには参加していますが、ハンドルネームも変えたので彼にはわからないはず。私、本名を明かしていませんから」
あの日のことを否定するつもりはない。だが、肯定するにはショックが大きすぎたのかもしれない。本当は、まだ気持ちの整理がついていないとエツコさんはつぶやいた(後編につづく)。
【後編につづく】
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