友人の死に思う……人生、金がすべてなのか
お金がなければ生きていけない。だが、お金がすべてというわけではない。大半の人はそう思っているのではないだろうか。生活を楽しみながら貯金ができればいいのだが、今の世の中、そうもいかないのが現実だ。
友人が亡くなって
「2年ほど前、中学時代からの友人を亡くしたんです。それ以降、彼女は自分の人生をどう思っていたんだろうとよく考えています」
ミチコさん(36歳)はそう語る。亡くなったマリさんとは中学時代に知り合い、彼女の複雑な生い立ちも知っていた。
「中学に入ったとき、席が隣同士だったので親しくなりました。マリはおとなしくて、最初は何を考えているかわからなかった。でも夏休みに一緒に勉強しようと家に誘ってから、彼女はいろいろ話してくれるようになったんです」
マリさんは母方の祖母とふたり暮らしだった。幼いころに両親が離婚し、それぞれ再婚。彼女はどちらの家にも馴染めず、親戚をたらい回しされたあげく、祖母に預けられた。祖母は不憫がって、彼女をかわいがってくれたという。
「おばあさんはパートをしていましたね。いくばくかの年金とパートで得た収入、マリの両親から少しずつもらって生活していたみたいです。一間のアパートで寄り添うように暮らしていたのを見ています」
マリさんはその後、公立高校に進学したが、高校3年生のときに祖母が急逝した。別の高校に通っていたミチコさんは少しマリさんと疎遠になっていたが、そのときだけは駆けつけた。
「さみしいお通夜とお葬式でした。私が斎場に行ったときは誰もいなくて。久しぶりにマリとしみじみ話しました。彼女は高校に行ってから、『男とやりまくりなんだよね』と自嘲的につぶやいていました。煙草も吸ってた。18歳にして生きるのに疲れているように見えて心配していたんです」
ミチコさんは大学受験を控えていたこともあり、その後、マリさんとはまた疎遠になった。
次に会ったのは20歳になってから。
「日曜日の繁華街でばったり会ったんですよ。私は大学の友人と一緒で、彼女は男と歩いていました。あとで連絡をとったら、彼は同じ職場の人で、結婚するつもりだと言っていたので、本当によかったと思っていたんです」
ところがマリさんは何らかの原因で結婚をしなかったようだ。
古着がほしいと言われて
それからしばらくたって、マリさんから連絡が来た。「会ってみると、マリはかなり痩せていました。心配したんですが『大丈夫』って。『恵まれない子に古着を送る運動をしているので、もしいらない洋服があったら私に送って』というんです。偉いなあと思って協力しましたよ」
ところがその後、共通の友人から、そうやって集めた古着を彼女自身が着ているという話を聞いた。
「中には下着を懇願された人や、しばらくぶりで電話がかかってきたと思ったら古いストッキングをくれないかと言われた人もいるみたいで……。心配になってマリに会いに行きました」
マリさんは変わらず古いアパートに住んでいた。ミチコさんを見ると「ごめんね」と涙をこぼしたという。
「就職はしたけど給料は安い。昔から貧乏だったから、とにかくお金がないのが怖い。だから給料の大半は貯金して、着るものはすべて知り合いや友人からもらっている、と。電線したストッキングをはいていました。何も言えなくなりましたね」
気持ちはわかるけど友だちとしてつきあっていくのがつらくなり、ミチコさんはマリさんと距離を置くようになった。自身が就職活動に忙しくなったせいもある。
「30歳のとき、私は結婚したんです。結婚式にマリを呼んだのですが、『その日はどうしても用があって行かれない』と。他の友人によれば、マリは冠婚葬祭にはいっさい来ない、と。お金がかかるからじゃないかと噂されていました。それでも私は気になったので、引き出物を彼女に持っていったんです。お祝いなんていらないからね、と。すると彼女はちょっと険しい表情になって『貧乏だからって私をバカにしてるの』と言ったんです」
そうまで言われたら親しくする理由もない。結婚を機に、ミチコさんはマリさんとほとんど連絡をとらなくなった。
「心のどこかでは気になっていたんだけど、どうやって彼女の気持ちに寄り添えばいいかわからなかった。相変わらず、ときどき下着や靴下がほしいとかつての旧友に連絡が入ることもあったようです」
親しかったからこそ、マリさんもミチコさんを避けたのかもしれない。そして2年前、訃報が入ったのだ。
「心筋梗塞だったそうです。無断欠勤が3日ほど続いたので会社の人がアパートを訪れ、警察立ち会いのもとで部屋に入ったら、彼女が倒れていた、と。引き出しに入っていた銀行の通帳には3000万円以上もの大金があったそうです。就職して16年、それほど多くない収入からこの金額を貯めるのは大変だったでしょうね」
爪に火をともすようにして貯めたお金が彼女に安心感をもたらしていたのだろうか。貯めるために生きていたとしか思えないのがせつないと、ミチコさんは目を潤ませる。
「もっと何かしてあげられなかったのかと思うことはあります。でもそれが彼女を喜ばせたかどうかはわからない。もし彼女が長生きしていれば、その貯金がものをいうこともあったでしょうから、貯金がいけないわけでもない。どう考えたらいいかわからないんです」
もちろん、ミチコさんのせいではない。だが、こういう場合、遺された人が心を傷めてしまうのだ。一生、重いものを抱えていくしかないのだろうとミチコさんはつらそうに顔を歪めた。