熟年離婚……私もするかも

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歌手の水前寺清子さん(75歳)が、31年連れ添った6歳年下の夫と離婚していたことがわかった。超熟年離婚といわれているが、その年齢になり、周囲の事情もあってようやく離婚に踏み切れたのだろう。心穏やかな今後を暮らしたいという気持ちに年齢は関係ないのかもしれない。

 

私も予備軍

「このニュース、私、ガツンと頭を殴られたような気がしました。私も予備軍として機会を逃さないよう、いくつになってもあきらめずにがんばろうと考えています」

きっぱりとそう言ったのは、ユミさん(51歳)だ。結婚して23年、21歳と19歳の子どもがいる。長女は大学生、長男は浪人生だ。

「夫と一緒にいると息苦しい。最初にそう思ったのは子どもが生まれてすぐのことでした。それまでも、いろいろ言われてはいたんです。家事が苦手だったので、掃除や料理にはよく文句を言われて。でも私もきちんとできなくて申し訳ないと思っていたので、むしろ私自身が成長するためには必要な文句であると解釈していたんです」

夫は自分の子にあまり興味を示さなかった。男性は父親になるのに時間がかかると思っていたユミさんは、気にしないようにしていたという。

「夜中に授乳しているとき、夫に襲われたんです。それは本当にショックで、思わず突き飛ばしてしまった。そうしたら夫は『おまえはオレの妻なんだろ』とさらに襲いかかってきて。子どもは泣くし私は恐怖で動けないし。翌日、夫は謝って『おまえのことが好きなんだ』と言っていたけど、私の気持ちはおさまらなかった。そもそもおまえ、と言われることにも抵抗がありましたね。だけど夫はかなり自分勝手な人だったから、呼び方を改めてほしいとも言えなかった」

ユミさんは親戚の紹介で、夫となる人と出会った。しっかりした仕事をしていること、まじめであることで結婚を決めたのだが、夫は「女性はこうあるべき」という堅苦しい考えの持ち主でもあった。それが結婚生活を続けるうち、どんどん身勝手な方向にエスカレートしていった。ユミさんがおとなしく、口答えしなかったからだろう。

 

夫のことはあきらめている

夫はほとんど小遣いを使わない。飲みにも行かないし外食もしない、趣味もないのだ。まじめに仕事をして帰宅する。その繰り返しだ。

「友だちもいないし趣味もないし。人生楽しいのかなと思うこともあります。だからといって家族が大好きというわけでもないので。そうやってきまじめに生きることが好きなんだろうなと最近では思うようにしています」

ただ、夫は子どもたちの教育費にはお金を惜しまなかった。「それだけはありがたかった」とユミさんは言う。それがあったからこそ、彼女は夫のモラハラに耐えられたのだ。

「モラハラじたいは、今もひどいですけどね。10年くらい前でしたか、『オレはおまえを女として見たことがない』って。私の誕生日に息子が花を買ってくれたんですよ。それを見ていた夫があとから私にそう言ったんです。そういえば誕生日を祝ってもらったこともありませんね。夫の誕生日には家族でプレゼントをあげてケーキを買っておかないと怒るくせに」

夫と今さら心を通わせる気はない。女として見たことがないと言われた日から、ユミさんは夫を「子どもたちの父親」としてだけ考えている。

「だから子どもたちが巣立ったら、もうお互いに用はないって感じですよね。パートで一生懸命ためたお金とへそくりと、夫の退職金を半分もらって熟年離婚する予定なんです」

子どもがいるから我慢できる。だが子どもがいなくなったとき、自分ひとりで夫に対処するつもりはないとユミさんは淡々と言った。

「今回の水前寺清子さんの離婚、すごく励みになったんです。いくつになっても自分の人生を生きようと思っていいんだ、と。夫はもう変わらないから何も期待していません。私の頭の中には10年後、自由になれることしかないんですよ。夫から否定的な言葉ばかり投げつけられてきたけど、それも気にしなくていいんだ。10年後には私は素の私になれるんだからって心の中で自分を励ましています」

否定的な言葉を長年、浴び続けていると人の心はどんどん萎縮していく。ユミさんはすでに夫をあきらめて萎縮しなくなっているとはいうが、それでも否定的な言葉を聞くのはつらいはず。10年後を見据えてユミさんは今後もがんばっていくのだろう。
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