夫がほしがった誕生日プレゼントは……「離婚」!?
人生には考えたこともなかったようなことが起こる。恋人のような夫婦を公言していた夫婦が陥った事態とは。
友だちのような夫と……
ユイコさん(40歳)が、同い年で大学時代の友人である彼と結婚したのは32歳のときだった。
「大学時代からの仲のいいグループとは、年に数回集まっていました。彼もそのなかのひとり。26歳のときだったかな、私、職場で知り合った人とつきあっていたんですが大失恋しまして……。友だちにも会えないくらい落ち込んでいた。そんなとき彼が連絡してくれたんです。初めてふたりだけで食事に行きました。私の愚痴に長い時間、つきあってくれて」
それからはときどき、グループでのつきあいとは別にふたりで会うようになった。だが友だち以上恋人未満という関係が続く。
「私が30歳くらいのときだったか、酔った彼が夜中に突然、うちに来たんです。それで『ユイコが好きだー、つきあってほしい』と大声で叫んで」
そのまま彼はユイコさんの自宅に居着いた。自宅は会社の借り上げマンションで、ひとりにしては贅沢な2LDKだった。
「彼はフリーランスでIT関係の仕事をしています。いつか起業したいという思いがあることも知っていました」
ふたりとも結婚願望があるわけではなかったので、半同棲の状態が居心地がよかったようだ。結婚すると生活にのまれてしまう、それなら恋人関係のほうがいい。ユイコさん自身、そう思っていた。
妊娠がわかったときも、ユイコさんは結婚しなくてもいいと思っていた。ところが彼のほうが「きちんと婚姻届を出そう」と言い張った。
「でも生活自体を変えたいとはふたりとも思っていませんでした。彼はアパートをそのままにして、自宅とアパートを行ったり来たり。子どもが生まれてからも、時間を調整しあってめんどうを見てきました。ふたりで育てている実感がありましたね」
ときにはベビーシッターに預けてデートをしたこともある。「恋人同士の気持ちを忘れない夫婦」であろうとしたのだ。友人たちからは羨ましがられていた。
「いつ会っても仲良しだよねと言われて。夫はフリーランスとはいえ、いくつかの企業と契約を交わしていたので生活も安定していたし、日々、忙しかったけど楽しかった」
夫の誕生日は11月末。毎年、ユイコさんは夫にほしいものを聞く。昨年も尋ねた。すると夫は「明日、晴れるかな」というのと同じようなごく普通の口調で、「離婚」と言った。
「は?って3回くらい聞き返してしまいました。離婚したいのと聞いたら、うんって。どうして、何が不満なのと尋ねても夫は返事をしませんでした」
だが翌日から、夫は何もなかったかのように生活した。娘と笑いあう姿も前と同じ。ユイコさんとも一緒に映画を観に行ったり食事に行ったりとデートは欠かさない。
「一体、あれは何だったんだろうと思いましたが、蒸し返すのも怖くて、私の中ではなかったことと考えていました」
コロナ禍を経て、夫が真相を……
そして今年に入ってからのコロナ禍。夫もユイコさんも在宅勤務になったが、夫は仕事はアパートでこなし、夜になると自宅へ来て夕飯の支度などをしてくれた。「私、その期間もけっこう仕事が忙しかったんです。派遣の方などが辞めたりしたので、いろいろな仕事をカバーしなくちゃいけなくて。だから夫が娘の勉強を見たり食事を作ったりと大活躍してくれました」
ユイコさんは今も週3日の出社だが、夫はあちこち出かけたりして忙しいようだ。
「9月の頭だったか、夫が『離婚の件、覚えてる?』と言い出して。ああ、夢じゃなかったんだと思って覚えてると言ったら、夫が今も気持ちは変わってない、と。どういうことなのと尋ねて、夫はぽつりぽつりと話してくれました。実は好きな男性ができたんだ、と」
ユイコさんはさらりと言った。そこにはどんな感情もこもっていない。あるがままを受け入れているかのような口調だった。
「実は私の中で、『ああ、そうだったのか』といろいろなことがつながったような気がしたんですね。実は夫とは結婚前も結婚後も、性的な関係がすごく少なかったんです。子どもが生まれてからはほとんどないと思う。デートはするけど肉体的な接触はなかった。手を握ったりキスをしたりもない。ただ、私自身、あまりそういう接触が好きではないので、それをわかってくれているのかなと思ったほどです」
夫はもともと女性も男性も好きなバイセクシャルだという認識があった。だが、結婚してみたら、「ユイコのことは好きなんだけど性的な対象として見られなかった」というのが本音らしい。といっても他の女性に目がいくわけではなかった。
「夫はやはり自分は男性が好きなんだと思う、と。それがはっきりわかってきたんでしょうね。でも離婚しなくてもこのままでいいんじゃないのと言いました。ただ、夫にはすごく好きな人ができたんだそうです。その人には特定の人がいるからつきあうことはできないのだけど、何よりユイコに失礼だし、自分が結婚しているのが後ろめたい。私、なんだかせつなくなってしまって……。離婚したいならしてもいいけど、あなたが孤独感を覚えるのが心配だと言いました」
すると夫はぼろぼろと涙をこぼした。夫のようないい人が孤独感にさいなまれるところを見たくないとユイコさんは思ったという。
「私は本当に夫を人として好きなんです。夫も私を人として愛していると言ってくれている。それなら今までのような生活をしていてもいいのではないか。もし夫が添いたいと思う人が現れてその人とうまくいくなら、私はいつでも離婚するから。そう言いました」
夫はユイコさんの手をしっかりと握った。夫と手を握ったのはいつ以来だろうと彼女はぼんやり考えた。
「全部わかってよかった。本当にそう思っています。他の女性だったら怒ったり悲しんだりするのかもしれないけど、私はむしろ長年、心のどこかにひっかかっていた小さな棘が取れたような気分。夫婦だからセックスしなくちゃいけないのかなと悩んだこともあるんですが、もうそれを考えなくてもいい。夫は今も私にとって理想的なパートナーです」
人間には自分も知らない秘密が隠れている可能性があるのかもしれない。それがはっきり認識できたとき、彼は離婚を申し出た。だが彼女は彼を人として受け止めようと考えた。ユイコさんは晴れやかな笑顔を見せていた。