恵まれた環境で育っているのに……姉に翻弄される私
同じような環境で育っていてもきょうだいの性格はまったく違う。愛情たっぷりに育てられたと周りが感じていても、当人がどう受け止めているかは別の話なのだ。
姉ばかりかわいがられていた記憶
「4歳違いの姉がいるんですが、美人で成績もいい。私は子どものころからずっと姉と比べられながら生きてきました」
セイコさん(35歳)はそう言う。地元の小学校、中学校に通っていたが、そのたびに「ああ、○○の妹か。お姉さんは成績がよかったよ」と教師に言われ続けていた。
「姉が20歳になったとき、姉が実は両親の本当の子ではないとわかったんです。父が再婚だったんですね。姉は先妻の子だった。姉が生まれてすぐ離婚したみたいなんですが、理由はよくわかりません」
両親は、娘ふたりを前に、そのことをきちんと伝えてくれた。聞いている姉は、特に大きな衝撃も受けていないように見えた。
「私のほうは若干、腑に落ちるところがありました。小さいときから姉妹ゲンカしても母は姉をかばうんです。洋服も姉は新品ばかりでしたしね。私から見ると、姉はワガママでした。それもやはり母が気を遣いすぎたせいじゃないかと思います」
淡々と受け止めたように見えた姉だが、しばらくすると異変があった。自宅から大学に通っていたのだが、無断で外泊するようになったのだ。
「20歳を過ぎているとはいえ学生ですし、両親はすごく心配していましたね。一度、きちんと話し合おうと親が言っているのを聞いたことがあります。私は姉とはそれほど仲がよかったわけでもないんですが、同じ環境で育ってきたし、異母姉だとわかっても姉に対する気持ちは変わらなかった。姉が苦しんでいるのなら支えたいと思いました」
姉が帰宅したとき、両親は話そうとしたが、姉は自室にこもったまま出てこなかった。セイコさんが深夜、姉の部屋へ行き、ふたりで話したことはある。
「でも姉は、『あんたに私の気持ちがわかるはずはない』と。それはそうですが、姉としては本当の両親かどうかなんて疑ったこともないと思います。それだけかわいがられていたし、愛情をかけてもらっていた。それはわかっているけど、母としてはどこか遠慮があったのではないかと姉は言うんです。今さらそんなことを言うのは母がかわいそうだと私は感じましたね」
複雑な思いはあるだろう。だが大事に育てられていたのも事実。親の事情でこんなことにはなったが、姉妹の関係も変わるわけではないとセイコさんは力説した。
「かわいそうな私を憐れんでくれるって感じねと姉が言って、さすがに私はその言葉にカチンときて、ひねくれるのもいいかげんにすればと怒ってしまったんです」
あのとき、姉の中で何かがキレたのかもしれないとセイコさんは振り返る。
恋人を姉に盗られて
その後、姉は両親にお金を出してもらってひとり暮らしを始めた。大学にも行ったり行かなかったりしていたようで、留年を繰り返していた。「私は姉と別の大学に入り、自宅から通っていました。講義もサークル活動もアルバイトも、全部楽しかったから、いつしか姉のことはあまり考えなくなったんですが、両親はやはり気にしてときどき会いに行っていたようです。ほとんど会えなかったみたいですが」
姉が留年して何をしているのか、家族は知らなかった。
セイコさんは大学2年のときに、アルバイト先の社員の男性とつきあい始めた。5歳年上で、当時の彼女から見ると「大人の男性」だったという。
「ドライブしたり映画を観たり。彼は映画関係の仕事をしていて、私も映画好きだからバイトを始めたので、よく映画論を闘わせていました」
あるとき、デート中に寄ったカフェで、姉にばったり会ったことがある。姉もまた恋人らしき男性と一緒だった。姉は自ら近づいてきて、セイコさんの彼に丁寧に挨拶をした。
「彼が姉にふっと心を奪われたのが見えたような気がしました。姉はますますきれいになっていた。姉たちが先に店を出たんですが、姉はまた挨拶に来てくれて。なんだかイヤな予感がしたんですよね」
案の定、2ヶ月後にセイコさんは彼から衝撃的な告白をされた。彼は「どうしてもお姉さんの誘いを断りきれなかった」と涙目になっていた。彼女は恋人を姉に寝取られたのだ。そして彼は姉にフラれた。ただ、彼は正直な人なので、それを黙ったままセイコさんとつきあい続けることはできなかったのだ。白状されたセイコさんも、彼と何もなかったようにつきあうことはできない。
大学卒業後、就職したセイコさんは、29歳のとき同僚と婚約した。都内のホテルで両家の両親と食事をしているとき、またも姉にばったり会う。
「何か探りを入れているのかと思いましたね。そんな大事な日に会うなんて。姉は食事会に顔を出し、先方の両親に挨拶。『私は家族から疎まれていますけど、妹のことはよろしくお願いします』と出ていきました。姉が勝手にいじけただけなのに両親がかわいそうだった。後日、婚約者とその両親には私からことの経緯を説明しておきました。でもそのことで向こうの両親が結婚に消極的になってしまったんです」
数ヶ月後、彼から婚約は解消してほしいと言われた。彼の親が姉のことを調べたところによると水商売から風俗へ転じて生活をしているという。
「姉が風俗で仕事をしているからといって婚約を解消するのはおかしいと思ったんですが、彼もそういう偏見をもっているならしかたがない。ただ、私は彼もまた姉に籠絡されたのではないかという疑問をもっていました」
その1年後だ。姉が子どもを抱いて実家に現れたのは。「仕事もできなくなっちゃったし、しばらく実家に置いてください」としおらしく頭を下げたが、セイコさんには「この子、あなたの彼の子よ。彼は逃げちゃったけどね」と誇らしげに笑ったという。
今度はセイコさんが、家を出てひとり暮らしを始めた。両親には何も言えなかった。
「姪っ子も5歳になりましたが、私はほとんど会っていません。母によると姉はまた水商売の世界に戻ったようです。子どものことはかわいがっているけど、きちんとめんどうは見ていないとか。母からはしょっちゅう愚痴の電話がかかってきます。私も仕事が忙しいし、本音を言えば姉の話など聞きたくないから適当に受け流していますが」
子の父親が本当に元婚約者なのかは気になっている。だが彼は婚約を解消すると同時に転職している。今さら連絡はとりたくなかった。
「どうしてこんな嫌な思いばかりさせられているのか、腹が立ってしかたがないんですよね。ただ、両親の気持ちを考えると私が妙な行動には出られないのかなとも思う。私は私で幸せになる努力をすればいいんですが、結婚となったらまた姉がでしゃばってくるんだろうと。どうしたらいいかわかりません」
セイコさんは困惑していた。両親が、憐れみではなく本当に愛情を注いで育ててくれたんだと認識できない限り、姉に心穏やかな日々は訪れないのかもしれない。だれがそのきっかけを作ればうまくいくのか。考えても答えが出ないとセイコさんはため息をついた。