知らないうちに、彼が亡くなっていた
不倫の恋の相手が亡くなっても、お通夜やお葬式には行かれない。それ以前に、亡くなったことさえ知ることができない。「それが不倫なんだと、彼が亡くなって初めて実感しました」と言うのは、セイコさん(50歳)だ。
人生の師のような人
昨年亡くなった彼は、セイコさんの「人生の師」だったという。知り合ったのは学生時代。アルバイト先の社員だった。
「私が20歳、彼が30歳。彼は結婚したばかりでした。外資系の会社だったんですが、彼は若きエリートとして会社から期待されていました」
長くアルバイトをしていたので、大学卒業後はその会社に入らないかと打診されたが、セイコさんは自分のやりたいことがあったため断った。
「それでも彼とはときどき会っていました。社会人になったばかりで不安だったころも相談に乗ってもらった。彼は仕事のやり方、人づきあいなどいろいろ教えてくれました。私の中には恋心があったけど、彼は家族思いですし、何よりこのいい関係を壊したくなくて、先輩と後輩という一線を越えてはいけないと思っていた」
彼はその後、アメリカに転勤。家族とともに旅立っていくことになった。そのときのセイコさんの動揺は大変なものだったという。
「彼がいなくなる。会いたいときに会えなくなる。不安でたまらなかった。送別会がたてこんでいるので会えないとわかっていながら、彼に頼み込んで30分だけ時間をもらって。最後に彼が私の頬にキスしてくれたんです。がんばれよって」
彼女は彼のいない寂しさに耐えかね、28歳のときに学生時代の同期に再会してすぐに結婚を決めた。デキ婚だったが、その人となら穏やかな家庭を作れると思ったのだ。
「子どもが2歳になったころ、彼がアメリカから戻ってきたんです」
共通の知り合いにばったり会ってそのことを聞いたセイコさんの胸がときめいた。
再会し、関係が始まって
彼に連絡をとると、懐かしそうな声を上げてくれた。再会したその日、彼女は気持ちを抑えられなくなった。彼も同じだったのだろう、ふたりは食事もそこそこにホテルへ行く。「あのとき、どうしてそういうことになったのか覚えていないんです。ただ、この人と一緒にいたい、ひとつになりたいという気持ちだけだった」
それからコンスタントに会うようになった。いけないと想う気持ちがあればあるほど、彼との関係に燃えた。
「離婚を考えたこともあるけど、夫に非はない。いいパパでしたし。ただ、もうひとり子どもがほしいという夫の気持ちには応えられなかった。彼がいたから。彼との関係が途絶えるのが怖くて、夫の子を産みたくなかった。ひどい女ですよね」
1年、また1年と月日が積み重なっていき、彼への気持ちもしっかりしたものになっていった。夫婦ではなく、これは恋愛。何があっても、途中で会えない時期があったとしても、一生つきあっていこうと固く約束した。
「彼の親が亡くなったり、私の父が倒れたり。20年の間に、いろいろなことがありました。会えなくてもいつも心がつながっている。そう思える人だったんです」
お互いにスマホを導入してからは、毎日メッセージのやりとりを欠かさなかった。ところが昨年秋、彼からの連絡が突然なくなった。
「毎日メッセージを入れました。だけど一向に返事が来ない。何が起こったのかわからない。急に奥さんにバレたのか、あるいは彼の身に何かあったのか……。3週間ほどたって電話をしてみたら、この番号は使われていません、と」
彼の会社に電話をかけたかった。だがかけるのはこわかった。
「そうしているうちに彼が帰国したことを知らせてくれた共通の知り合いが連絡をくれたんです。彼が亡くなった、と。もうお葬式もすんでいるって。その知り合いに会って話を聞いたら、彼、突然、脳梗塞で倒れて意識が戻らないまま亡くなったそう。私のメッセージから、私たちの関係も奥さんにバレたらしいです」
妻に相談されたのが、その知り合いだったのだ。今さらバトルを繰り広げてもしかたがないからと妻をなだめたとその人は言った。
「だから私にも何も行動を起こさないでほしい、と。本来なら慰謝料を請求されてもおかしくない関係なんだからって。私たち、本当に愛し合っていたと思います。でも世間から見れば、そういう関係なんですよね……」
セイコさんは声を詰まらせながら言った。彼女の中では、20年つきあった彼への気持ちがまだ整理できないままだ。亡くなったことも信じられずにいる。
「受け止めることも受け入れることもできない。その知り合いが、彼の葬儀の写真を送ってくれたんです。それでも信じられない。彼に会いたい。会いたくてたまらない。どうしたらいいかわからないんです」
気持ちを突然断たれると、その気持ちの行き場がなくなる。彼女が心を整理できる日がいつになるのか、彼女自身、まったくわからないと言う。